妄想癖とか潔癖とか、
人には色んな癖があるという。

だったらうちの兄貴は、まぎれもなく放浪癖の持ち主だ。

しかも、かなり重度。
そんじょそこらの放浪癖じゃない。

なんせ3歳のときひとりで隣町にいるところを保護されて、
4歳のときには隣の区、
5歳でとうとう都道府県を飛び越えたというのだから、
これはもう相当なレベルだと思う。

そんな兄貴が18で突然のひとり旅に出たとき、周囲は誰一人として驚きはしなかった。
三十路までには帰ってこいよ、そんなノリだった。

むしろみんなが驚いたのは、それから2年後の、ある朝のこと。



「武史が就職決まったんですって!」

久々に兄貴からかかってきた電話を切ると、母さんが叫んだ。

一瞬、みんなビックリしすぎて何のことだか分からなかった。
そして次の瞬間、まるで当選の報せをうけた選挙事務所のように、うちのリビングはわっと盛り上がった。

両手をあげておおはしゃぎする母さんと、妹のエミ。
なぜか三三七拍子で音頭をとる父さん。

そしてその異常な盛り上がりっぷりについていけず、テーブルの隅っこでコーヒーをすする俺。

けれど俺だって心の中では、このニュースにかなり驚いていた。
だって「兄貴」と「就職」なんて、「ロック歌手」と「紅白歌合戦」くらい似合わない。





「んじゃ武史くん、もうすぐ東京戻ってくるんだ?」

声を弾ませてそう言ったのは、俺の親友のトオル。

年下のトオルにさえ“くん”付けで呼ばれるほど、兄貴の交友関係は広く、そしてフレンドリーだ。

「そう。こっち戻ってきて、靴屋で働くんだと」

「つーか、なんで放浪の旅に出てたのに東京で就職決まるわけ?」

「あー、なんかさあ、兄貴のやつ北海道で住み込みのバイトしてたんだって。
で、そこで意気投合した旅人が、東京で靴屋を営んでいたってわけ」

へえ~、と感心したようにトオルが言った。

「武史くんらしいエピソードだなあ」

まったく、その通りだと俺も思う。