捜査は難航していた。

新宮警察の遠山は病院で沖田碧から聞いた話をもう一度思い浮かべるが、さして気になる所も無い。

温暖で過ごし易い南紀は、その風土が人々を穏やかにさせるのか凶悪事件の類は皆無であった。たしかに火災等は稀に発生するが今度の事件は放火である。

しかも倉庫の入り口は開いていて中に人がいる事ぐらいは犯人も分かっていたはずだ。

経理関係の倉庫だから会社の機密事項に関連した証拠隠滅も考えられるが、それなら派手に火をつけたりはせず、内密に処分するであろう。

そうすると考えられるのは、紅蓮の炎によって焼却させたかったのは物ではなく人・・・。碧自信を狙った犯行という事になる。

社内で行った聞き込みでは碧の評判は良いか、もしくは碧の事を知らないかの二点で、所属する部署以外の人間にはあまり影が薄かった人物のようであった。

それと気になるのは碧の手足の傷。

昨夜帰宅途中に夜道で転んだという話だが、その現場で付近の住民に裏をとった所、碧が証言した時間帯に路上から言い争うような男女の声が聞こえたという証言があったのだ。

車にはねられそうになった碧を見て和哉が大声を出していたとは知らない遠山は、その男女を碧と、その恋人だと狙っていた。

そして、その恋人らしき人物とは金沢雅彦・・・病室にいた金沢は無口でどこか家族に遠慮しているようなそぶりさえあった。

公園のベンチで缶コーヒーを飲みながら手帳を見ていた遠山は雅彦の周辺を調べる必要があると感じながらも、何処か透明感あふれる不思議な魅力をもった碧の姿を妄想していた。