「いやよ…絶対にいや。私、健吾さんと別れない。どうしても別れるっていうんなら奥さんに全部ばらして、此処に住めないようにするわよ」

いきなりのタエの逆上に健吾はうろたえ、目を伏せた。

動揺を悟られないように静かに息を吐き出すが、手が震えて湯飲みに注がれた焼酎をこぼしてしまう。

豪快できっぷのよさが評判の健吾だがそれは小心者特有の裏返しの表現で、本当は気の小さい臆病者であった。

畑仕事でまめだらけになった拳で額の汗をぬぐい忙しそうに瞳をきょろきょろさせた健吾はタエの表情をそっと盗み見した。

「そんな事言ったってお前…この小さい村だと俺達の関係はいずればれる。テレビドラマの中じゃないんだから、ばれたら嫁さんと子供がいる俺達の仲は絶対に引き裂かれるよ」

「そしたら家族を捨てて大阪にでも行きましょうよ。二人で頑張れば食べていく分ぐらいはなんとかなるわ…それとも健吾さん私の事嫌いになっちゃったの」

ここで冷たく突き放せば多少波風はたっても時間が解決してくれる問題しか残らないはずである。

しかし健吾は再び汗をぬぐいながらゆがんだ唇から声を絞り出した。

「そんな事ないって…俺が好きなのはタエだけだよ。嫁さんとはもう何の感情もない…本当だよ」

「うれしい！…」