「お待たせいたしました」

コトンと、目の前に置かれた珈琲。

「あ、いいです」

添えられたミルクを断って、そのままカップを口に運んだ。

ふんわり立ち上る湯気が口元を包む。

と同時に、私は眉間を軽く寄せた。

ブラックを口にするのは、憂鬱な時の、ちょっとした私の中での儀式みたいなもの。

甘党の私には少々苦いけど、モヤモヤする頭の中をほどよく引き締めてくれる感じがするから。

それに、ここの珈琲は深煎りで香り高く、よく味わえば仄かな甘味も感じられて美味しい。

……って、ある人が言ってた。

実家近くの、古い喫茶店。

平日は、常連客と珈琲好きの一般客がたまに顔を出す程度の、ゆったりした空気漂うここなんだけど。

今日は日曜のランチタイムな上に、突然降り出した雨も手伝って、店内は慌ただしくなっていた。

雨宿りに訪れる客を案内しては、ウエイトレスがパタパタと走り回る。

ガラス1枚挟んだ向こう側でも、近くの屋根を求めて足を速める、傘を持たない人たち。

ただポツンと座るだけの私は、中からも外からも取り残されたような気分。

自分だけ時間が止まっちゃった、みたいな。

なんて。

たまたま雨にあたる前に運良くここへたどり着けただけなんだけどね。

雨雲は、心沈む私を上手に悲劇のヒロインに仕立て上げる。

いつの間にか滲んだ瞳が、行き交う人の笑顔を歪ませて見せた。