トイレから一歩出ると、店内には女性ボーカルの甘い歌声が響き渡っていた。

そのBGMは、どこかで聴いたことのある、一昔前のヒット曲のボサノバ・アレンジ。

目の前のOL風の旅行客は、「懐かしいねー」と言いながら曲に合わせて口ずさんでいる。


それは、耳に心地良く届く歌声だった。

だけど……さっきまで、店内に音楽なんて流れていたかな?

あたしはそれすら覚えていなかった。



先輩の姿は、さっきと全く同じ場所にあった。

目の前の竹細工や木彫りの民芸品を手にとって眺めているようだけど……でもどこか心ここにあらずといった感じで。

だって、今先輩が手にしている木彫りの置物なんて、絶対興味なさそうだもん……。


あたし、いきなりトイレに逃げ込んでしまったから、

先輩は「なにかおかしい」って思ってるはずだ。


──先輩に、あたしの本当の気持ちを言わないと。


あたしは覚悟を決めると、ゆっくりと先輩に向かって足を踏み出した。