(……今日も、気付かなかった)
 
十郎は、奈央が部屋の鍵を締める音を聞き届けて、のっそりと奥の部屋から出てきた。
 


彼は、外出などしていなかった。
 
リビングに面した隣室――

彼が、私室として使っている部屋で、ずっと息をひそめていたのだった。


興味の赴くまま、片っぱしから扉を開けてしまう小林のように、奈央は不躾な事をしない。


キッチンと玄関の往復しかしない彼女が相手だからこそ、この奇妙な居留守は成立していた。


外出の用事がある時は、わざと奈央が来そうな時間に合わせて家を空け、

今日のように在室時に奈央が来た時は、奥の部屋に退避してやりすごす。
 


最近、ずっとそんな感じだった。


(馬鹿みたいだ……)
 

元々、彼がこの『パレス』の経営を始めたのは、『彼女』を探す為だった。
 


彼の、城のような『実家』まで、一緒に帰ってくれる、たった一人の人――つまりは花嫁を。