俺があいつに最初に出会ったときのことを話そう。それは大学の近くの『サッド・カフェ』という喫茶店だった。

 文学部評論学科3年(しかも二浪)で小説家志望の俺は、バイトで稼いだ、なけなしの金で買ったノートパソコンを持って、授業が無いときはそこにしけこんでいた。俺の悪友達も暇なときそこへ来て、一緒に騒いだり、そこから雀荘へ繰り出したりしていた。

 それはある秋の昼下がりのことだった。俺は図書館でコピーした資料を持って、喫茶店の隅の明るい4人掛けの席に陣取っていた。店の外が硝子越しに見える。

 そんなときにあいつはその店に入ってきた。野球帽を目深に被り、黒いウインド・ブレーカを着ていた。その下は銀色掛かった灰のバイクスーツらしい。同じ色のブーツを履いていた。腰がほどよくくびれ、均整の取れた体に、ぴったりとしたスーツの下半身は、俺の目を引いた。一瞬女の子かなと思ったが、歩き方で男だと分かった。

 あいつは店内をきょろきょろと見回すと奥の俺の方に来た。俺の横を通り過ぎようとしたが立ち止まり、
「あの、ちょっとここに座っていい?迷惑?」
 俺はびっくりして、
「あ、ああ、いや別に」

 あいつはにこりとするとすぐ俺の前に腰を下ろした。胸からサングラスを取り出して掛けた。俺はあっけにとられてあいつを見ていた。一見、まだ高校生の様な幼さを持っている顔をして、背は165センチぐらいか。
 あいつは店の硝子側の右手を頭につけて顔を隠すように俯いた。