第十の月 十七日

 夜明け前、恵孝は首筋の寒さを覚えて目を開けた。いつの間にか眠っていたようで、肩には母に掛けたはずの上着があった。

「富幸なら祭壇の前だよ」
 出入り口から祖母の声がした。
「ついておいで、恵孝」

 丹祢は一度庭へ降りて、離れに建つ蔵の戸を開けた。蔵の左右には杏の木がある。蔵には重々しい錠前がかけられているが、あくまで窃盗を防ぐためのものである。中に収めてあるのは膨大な量の書物であり、ここは恵孝の勉強部屋でもあった。
 恵孝は壁の燭台に火をつけた。空の色が変わり始めてはいるが、蔵の中はまだ暗い。

「婆様が、書物を」
 腑に落ちない様子で恵孝は尋ねた。
「無筆だとまた馬鹿にしておるな」
「いえ」
 城下街で商売をするのに無筆では何かと不便である。事実、文字が読めない、書けないという者はこの町にはほとんどいなかった。だが、丹祢がそれを気にしている様子は全くない。