「この者を知っておいでですか?」

 修理は聞いた。庄左右衛門は頷く。厳しい声で詮議する。
「関白・・・いや、ご主人も居られたのか?」

 関白!?

 万作は戒められた身体を前に乗り出させた。
「御屋形様は・・・自暴自棄になられていらっしゃいます!あらぬ噂を立てられ、太閤様に咎められ!それならそうなるかと今夜、繰り出しました・・・お止めしましたがもう我慢ならぬ、鬼にしたいのならなってやろう、と申されまして・・・」

「今夜がはじめて・・・?」
「はい!愛宕観音に掛けて!偽りではありません!」
「では誰も斬っては居らぬのだな?」

 万作は深い目で庄左右衛門を見つめながら頷く。
 修理は判らなかった。

 辻斬りが本当のことを言うだろうか。だが、万作の顔に静音の顔が被さって見えた。真摯な眼差し・・・静音なら嘘は絶対につかない。

「・・・近く高野山に蟄居の命令が出されます。太閤様の言葉をこっそりと伝えてくれる者が居ります故・・・」
「なんと・・・」
「そこがお最後の地となるでしょう!」

 庄左右衛門はその場で腕を組んで目を瞑りしばらく考え込んでいた。捨吉は薄茶を入れて出す。修理はそれを飲んだ。

 そして腹の虫が大きな音を立てた。

 万作がこちらを見た。
 そしてくすと笑う。自分の置かれた立場を忘れたようだ。庄左右衛門も口を開けて呆れた様な顔をしたが、
「あ・・・これは失礼!気がつき申さんだ!捨吉!膳を用意しろ!」
「いや・・・そんな・・・」
 修理は真っ赤になった。

 万作はまた戒められたままでくすくすと笑う。そのしぐさが可愛らしくまた妖艶であった。