謹慎で家にいた静音は、道場仲間の報告で師が道場を閉めるということを聞いた。
 すぐ、道場に走った。
「お師匠様!」
 奥の自室に女中に通された静音は庭で散策する老人を見た。声で誰か分かった。

「おお・・・静音か。良く来た」
 師は濡れ縁に座り静音はその横に正座した。
「道場をお閉めになると・・・」
「そうじゃ。隠居する。修理も居らず、この目もままならぬ今ではもう教えられぬ」
「他の御門弟は?」
「他の道場に鞍替えするか家業に励むか・・・口伝(くでん)を安売りしておいたがの、はは・・・だが、あの連中は破門した!」

 あの連中とは、修理を騎馬で追った、首領格の渡部裕之助(わたべ・ゆうのすけ)、山県次郎三郎(やまがた・じろうさぶろう)、橘祐三郎(たちばな・すけさぶろう)の三名が中心となった十名の門弟であった。いづれも譜代家臣の家を自慢し、城下で札付きの乱暴者であった。
 皆の前で言い渡された時、横柄に、
「今に見ろ!老いぼれめ!」
などと言いながら去ったという。

「静音は修理が好きだったのか?」
 単刀直入に聞かれて静音は赤くなり答えに詰まった。師はははと笑うと、
「善き哉。念友、念者とはただ若き欲情を果たすものだけに非ず。お互いに技量を磨き、尊敬しあい信じ続ける・・・それに足る者をこの広い世間で見つけるのはそれは祝着というしかない」

「・・・でも・・・修理は・・・私を置いて逃げました・・・」
「・・・修理は何故そうしたか、分かるか?」
 静音は涙を一筋流して激しく言った。
「分かりません!あいつ・・・今度逢ったら斬り殺すかも知れません!」
 師は黙って小さく頷いていた。