「あ、今日って椎名さん、休みなんだ」


彼の苗字がふいに耳に入り、私は両手に持っていたトレーを危うく落としそうになる。


声の方を見ると、同じバイトの女の子2人が、シフト表を見ながら彼の話をしているところだった。


「椎名さんがいなきゃ、つまんないよねー」

「他にマトモな男がいないもんね、この店」

「言えてるー」


キャハハ、と笑いながらシフト表の前を離れた彼女たちと、目が合った。

無意識のうちに見すぎていたらしい私は、あわてて目をそらした。


「そういえば黒崎さんって、椎名さんの後輩だよね?」

ひとりの女の子が話しかけてきた。


「あ……はい」

「いいな~! やっぱり高校でもモテてた?」

「えっと、たぶん……」


うまく答えられない私を見て、もうひとりの子がそっと耳打ちをする。


「黒崎さんに聞いてもわかんないでしょ。この人、男の子に興味なさそうじゃん」


小声で言ったつもりだろうけど、丸聞こえだった。


気まずそうに「じゃあ」と作り笑いで言うと、そそくさ離れて行く彼女たち。



――きっと誰も
私とレンの間に生まれた秘密を、想像すらしないのだろう。