「まあ、ユウヒって名前なの?素敵ね!綺麗な名前!」
−−そう。あたしの名前。みんなこう褒めてくれる。だけどあたしは、「ユウヒ」という言葉の持つ意味なんて知らない。
だって、ユウヒ、みたことないもの。

彼女と僕が初めて会った時、そう優妃は言った。
僕はその時、彼女の目が見えてないなんて、わからなかった。彼女の瞳には、半円の滲んだ、柔らかい温かい光が映りこんでいたから。

一人でこの河原に佇む彼女に声をかけたのは僕だ。その落ちかけた日を全身に吸い込んでいるみたいに、さみしく、懐かしく、もう二度と今日みたいな日は来ないなんて確信めいた気持ちにさせる夕日が溶けた横顔。
間近で触れたい衝動が押さえられなかった。

「なんで、あたしに声かけたの?」

すごく夕日が似合うからなんて、陳腐で躊躇った。そして僕は、はぐらかすように彼女の名前を聞いた。
彼女が、ユウヒと名乗った時。僕は恋に落ちた。

「ねえ、夕日って何?なんであたし褒められる名前なの?」

夕日、それは……

そう、君みたいだよ、まさしく。夕日は全ての者を安息の時間に導いて、今日一日をなぜか名残惜しい気持ちにさせるんだ。そして、完全に沈んだ時。また明日頑張ろうって気持ちにさせる色。
夕日には、トンボという生き物が似合うんだよ。
君という光を受けて、とまる物を探して飛んでる僕みたいだ。
だから、君と僕はとっても似合うと思う。

彼女にそう告げた時、軽く頷いて
「あたしは光も知らないけど、あなたを照らしてる?」
そう言って微笑んだ。

風の香りも昼間と違う事、感じるだろう?
その問いには、誇らしげにウンと言った。

「おいしい匂い!あと、繋ぐ手をぎゅっとしたくなるような、切ない香り!」

そして彼女は、微笑みながら、
「明日も、会える?」
と言った。

会えるよ、明日も。またこの匂いがしてきたら、ここにおいで。
夕日の事も、優妃の事も教えてあげるよ。

僕はここで別れるのがさみしくなって彼女の手をとった。

夕日は河原の砂利道を、包み込むように穏やかに照らした。
二人の帰り道は、また明日も。

君に会って、夕日が楽しみになった。
僕が言うと彼女は、
「あたしは自分の名前がやっと好きになった!」
繋ぐ手に力を込めて笑った。