霧雨のせいで、

 彼女の輪郭はひどく曖昧で、

 たとえ手を伸ばしたとしても、

 触れたと思った瞬間には虚しく空を切ってしまいそうな現実味のない姿だった。


 時間にしてみればほんの数秒間のはずなのに、

 俺は随分と長い時間、ここにこうやって立ち尽くしているような感覚に陥っていた。


 何度か目にしていた姿なのに、

 今夜に限ってその姿はあまりにも儚く、そしてもろいものに感じられた。


 窓ガラスと暗闇と、冷たい雨を挟んだこちら側と向こう側。


 遠いのに、限りなく近い。



「藤本さん」


 俺を呼ぶ田中の声に我に返った。


「藤本さん、ちょっといいっすか」


 声のする方向を向くと、田中はレジの中から体を傾けて俺を呼んでいた。

 その前に立つふたりの男性客も同じようにこちらを振り返っていた。


「これ、わかんなくて」


 田中の手には振込用紙のようなものが挟まれている。

 何度も教えたはずなのに、レジの操作方法が分からないのだろう。


 俺はもう一度歩道橋へ視線を送ってから、

 後ろ髪を引かれるような思いで田中のほうへ向かった。


 夜に溶け込みそうな彼女は、

 じっとしたまま、


 動かない。