そう言って笑う坂口さんの顔に一瞬だけど、陰りの表情が見えたのは気のせいだろうか。


「桜十葉。ここが俺の部屋」


しばらく長い廊下を歩いていると、坂口さんが立ち止まって重たそうな扉を開けた。

どんな部屋なのかな、と興味が湧いたがその部屋には寂しいほどに置かれているものが少なかった。ここで本当に生活しているのかというほど。


「ほら、そこに座ってて。お茶淹れてくるから」


そう言われて、私は素直に大きなソファに腰を下ろした。その反動で体がソファに沈みこんだ。

やばい…、座り心地最高。

座っただけで体が沈み込むソファなんて初めてだ。

でも一人になると大好きだった人に言われた言葉を脳裏に思い出してしまった。


『もうお前のこと嫌いなの。だから別れて』


私を突き放すには十分すぎた言葉。その言葉にどれだけ傷ついたか。相手にはどうでも良かったんだろう。そう思うとなんだか悔しくなって、涙が零れた。


「うぅ……、ぐすっ」


坂口さんが来るから早く泣き止まなければいけないのに私の涙は止まってくれない。

そうしていると、突然ふわっとした甘い匂いが鼻腔をくすぐった。後ろから誰かに優しく抱きしめられているような気がした。

ううん、抱きしめられていた。


「大丈ー夫だよ。俺がそばにいてあげるから」