妻という確固たる地位を得ても尚、
手に入れられない。
結局、脅した様にして得た結婚は
まやかしでしかなかった。
これ以上、私の気持ちを押し付けては
駄目だ。もうすでに幸太の人生を  
私の我儘のせいで1年半以上も
無駄にさせてしまった。次こそは幸太が
好きな人と結ばれるようにきちんと
手放そう。そう決意してここに来た。
幸太の原点は、幸太に連れてきて
貰った日から私の大好きな場所になった。今日で来るのは最後にする。
幸太とのこれまでを思い出しながら
歩いた。



「何で…?ここにいるの?七海さんは?」

「だって華の中心は俺でしょ?ここは俺の原点だから。華がそう言ってくれたでしょ?」

「えっ」

「結婚の始まりが歪過ぎて、自分の気持ち
 が日々変わってくのが分かってたのに
 素直に伝えられなかった。七海の事を
 考える事がなくなっている自分の
 心変わりの速さにも落胆した。華は
 いつでもどんなときも俺に気持ちを
 向けてくれてたのに。望んだ結婚では
 無かったはずなのに、華が居る生活に
 癒やされて、家に帰るに度に
 “おかえり”って笑顔で言われることが
 嬉しくて、一つ一つの仕草が可愛くて、
 愛おしいってずっと思ってた。口に
 出さなきゃ伝わらないのにな」

「幸太はいつも優しかった。大切に
 されてる、愛されてるかもしれないって
 思う事も沢山あったけど、勘違いしちゃ
 いけないってずっと自分に言い聞かせて
 た。幸太は七海さんが好きなのに私が
 別れさせたから…無理やり結婚させ 
 ちゃったから…自信が持てなかった」

「今回七海に言われたときに助けたいって
 言ったのは好きだからとかじゃなくて、
 自分なりの懺悔のつもりだったんだ。
 俺、七海に会って自分だけ幸せで申し訳
 ないなって思って。七海には、コンサル
 会社に頼るよう言った。“華が好き
 だから、もう会わないし、
 力になれない”ってきちんと伝えた。
 今までこんな辛い思いさせてごめんな。
 それに会社の事も聞いた。俺の為に沢山
 努力してたことも。ずっと好きで居て
 くれたことも。俺、こんな極限に
 ならなきゃ、気持ちも伝えられない
 なんて情けないよな。それでもずっと
 華の側に居たいんだ。これからも俺と
 一緒に歩んで貰えませんか?」

私は泣きながら幸太の首に手を回した。
幸太が抱きしめてくれる

「好きなの」

「うん」 

「大好きなの」 

「知ってる。10年以上も長い間、
 思い続けてくれてありがとう。
 この先もずっと思っていて欲しいんだ。
 俺も華以上の思いを伝えていきたい。
 愛してるよ、華」


帰り道、“圭輔から俺が引くぐらいの
エピソードが沢山あるって
言われたけど、何?”と聞かれた。
絶対に気味が悪いと思われるから嫌だと
言ったが、幸太はそんな事、
絶対に思わないからと引かず、
結局言う羽目になった…

幸太と関わる為に勉強を始めたこと
幸太が海外に係わる仕事に付きたいと
聞いたから英会話に通ったこと
幸太が親の仕事を手伝って
頑張ってる子が良いと言ったから、
会社についての勉強と
社会の流れを知る為の投機を始めたこと
幸太と結婚するから料理教室に通ったこと
入籍日は幸太と初めて会った日であること 

自分で言ってて恥ずかしくなったと
同時に挙げてみてゾッとした。
これらをこなしていた時は必死だった
から気付かなかったが、
私、これでずっと片想いってかなり
イタイ子だな。

幸太はかなりびっくりしてたけれど
“俺の奥さん凄過ぎるだろ。
カッコ良すぎ!俺すっごい愛されてるな”
とキスを落としてくれた。

「あともう1つ内緒にしてたことが
 あるの」

幸太に母子手帳を渡す

「これに幸太の名前、書いてもいい
 かな?」
 
幸太は目が点になっている。
えっ?えっ?ホント?いるの?はっ?
とかなりテンパっている。

「うん。いる。今、14週」

「当たり前じゃないか!っていうか
 体調は?大丈夫なの?」

「大丈夫!赤ちゃんも順調だよ」

「そっか。なら良かった。っていうか俺、 
 こんな大事な事も言わせてあげられ
 なかったなんてホント情けな過ぎる。
 これからはきちんと口にする。好きだ、
 愛してるって。華も赤ちゃんも絶対大切
 にする。幸せにするから」

「今でも充分幸せだよ?」

「もっとだよ」

幸太は笑った。私の大好きな
幸太の笑顔だ。