アーベントは一瞬、きつく目を閉じ、硬い声で告げる。
「……このような場所に公爵令嬢がいらしては、危険です。早く会場へお戻り下さい」

「アービィ。もう以前のように、私と話してはくれないの?」
 柔らかい声で呼ばれる、かつての愛称。アーベントはセラフィニエから目を()らす。

「……そうです。私はもう、公爵家の居候(いそうろう)ではありませんから」
「あなたはいつか、血のつながりなどなくても、あなたと私は兄妹同然だと言ってくれたでしょう?それも、もう無効なの?」
「そうです。あの言葉は……もうお忘れ下さい」

 顔も見ぬまま告げられる言葉に、セラフィニエはそっと目を伏せた。
「そうですか。分かりました。残念ですが、あなたが選んだ道ですものね。あなたはもう、私の兄ではなく、シャーリィ姫の騎士なのですね」

 先ほどまでの親しげな話し方とはまるで異なる、丁寧(ていねい)な言葉(づか)い。
 己でそう仕向けたにも関わらず、アーベントは胸の痛みに唇を()みしめた。

「さようなら、アービィ……いいえ、アーベント」
 静かに告げ、セラフィニエはアーベントに背を向けた。

 アーベントは黙ったまま、その背を見えなくなるまで見送る。

 やがて、意識しないままに、その唇から言葉が(こぼ)れた。
 それは、何かを()えるような、苦しげな(ささや)きだった。

「……さよならじゃない、セラ。俺は……」