「ああ、ミルト。久しぶり。ジーナを借りていってもいい?お母様のお見舞いに連れて行きたいの。お母様も猫がお好きだから」
 シャーリィはそう言って、室内でも一番美しい毛並みを持つ黒猫を抱き上げた。ミルトはぴくりと肩を()らす。

「王妃様は……またお加減(かげん)が悪くていらっしゃるのですか?」
「ああ、大丈夫よ。少し体調を崩してしまわれているだけだから。心配はいらないわ」
「あの……私も一度、王妃様のお見舞いに(うかが)ってはいけませんか?」

 (ひか)えめながら、あまりにも真剣な眼差(まなざ)しで(たの)まれ、シャーリィは曖昧(あいまい)に微笑んだ。
「えっと……そうね。お母様に(うかが)ってみるわ。体調がよろしければ、お会いになって下さるとは思うけど……」

「ああ……っ、ありがとうございます、姫様。どうぞよろしくお願い(いた)します!」

「あのね、絶対にお見舞いが許可されると決まったわけではないから……。あまり期待はしないでね。じゃ、じゃあ、ジーナは借りていくわね」
 曖昧(あいまい)な顔で微笑んだまま、シャーリィは早口にそれだけ言うと、逃げるように竜使の間を後にした。アーベントも(あわ)ててついてくる。

「さっきの方が、ミルト様ですか。助産師として姫様を取り上げられた功績(こうせき)により、王妃様たっての希望で竜使女官に召し上げられたという……」

(くわ)しいわね。その通りよ。優しくて穏やかで良い人なのだけど、お母様のおかげで竜使女官になれたせいか、お母様のことをまるで女神様のように崇拝(すうはい)しているの。お母様のこととなると、周りが見えなくなってしまうことがあって……時々少し困ってしまうのよね」
 シャーリィは腕に抱いた黒猫の頭を()でながら、そっと溜息(ためいき)をついた。

「そう言えば、ミルト様には姫様の宝玉のお力が()いていないように見えましたが……」
「ああ。そうみたいね。特殊な例だけど、お母様の――先代光の宝玉姫の魅力(ちから)の影響下に、今もまだあるから、私の魅力(ちから)が効きにくいのだろうってお母様は(おっしゃ)っていたわ」

「そうですか。ところで、あの……竜使の間には、我々護衛騎士が、休憩(きゅうけい)時間や勤務時間外などに、自由に立ち入ってもよろしいのでしょうか?」
 気恥ずかしそうな顔で()いてくるアーベントに、シャーリィは一瞬目を丸くした後、くすくすと小さく笑った。

「あなたもあそこが気に入った?あの場所は、王宮の人間の(いこ)いの場でもあるから、基本的に王宮に(つと)めている人なら誰でも出入り可能よ。もちろん、猫と一緒に遊ぶのもね」
「あ、いや、べつに私は猫と遊びたいわけでは……」
誤魔化(ごまか)さなくてもいいじゃない。猫好きだからって、恥ずかしがることないのに」
 からかうように笑って振り返ると、アーベントはただ苦笑した。