長い間着続けたリクルートスーツとは違って、今日袖を通しているこのスーツは随分と誇らしくて、着ているだけで理由もなく自信とやる気がみなぎってきた。まだ少し肌寒いこの季節にばあちゃんから卒業祝いに貰ったこのスーツを着て大学内を一人で歩いていると、聞き慣れた声に呼び止められた。

「おぉー、スーツは二割増しって本当だな」

 宮部はそう言って俺の腰を強めに叩いた。お互いのスーツ姿なんてこの一年で飽きるほど見てきたはずなのに、今日はその印象が全然違って見える。
 誰に見られても大丈夫な見た目や言動ばかりを意識していたあの頃とは違って、他人からの評価よりも自分自身の趣向を貫くことのできる現在。たった数ヶ月しか経っていないにも関わらず、入学したての初々しい自分と就活前の浮ついた自分ほどの差があった。

「あっという間だったよな」

 物思いに耽るように呟く宮部に俺も賛同する。本当にあっという間だった。このかけがえのない四年間が明日からは過去になり、そして続いていく未来に向いて歩いていく。

「まぁこの四年間も俺にとって必要な過去になるってことだな」

「だろ?」

 宮部は笑っていた。詳しいことなんて何も聞かずに、ただ俺の言葉に耳を傾けてくれた。

「あ、そういえばさ。お前が牧野さんについた嘘、あれは正義だな」

「はっ、なんだよ今さら」

 鬱陶しそうに俺の肩を押すくせに、宮部はずっと笑っていた。笑いながら「俺は運命を信じるよ」と呟いた。

「なに、牧野さんと運命だって言いたいの?」

「いやー、それはどうだろう?そうだといいけど」

 宮部はわざとらしく頭を掻きながら照れ臭そうな表情を見せた。

「匠真と浅倉さん。きっと二人は運命だ」

 宮部は俺の肩を今度は優しく叩いた。それから琴音が長野に帰ることを知らせてくれた。俺は何も言わなかったし、宮部も何も聞いてはこなかった。だけど全部伝わっているような気がしたのは、卒業式という妙な雰囲気のせいだろうか。いや、多分違う。こいつが俺の親友だからだ。