卒業式の前日、あの公園に行くと琴音の姿が目に入った。ブランコに座って俯くその姿に胸が苦しくなったんだ。その時、全てを話してしまおうかとも思った。彼女ならきっとそれでも俺の傍にいてくれると思ったから。
 でも俺は、彼女を幸せにはできない。大切に想えば想うほど、きっと彼女を壊してしまう。父さんや母さんみたいに、俺のせいで壊れていく彼女を見たくなかった。
 俺はただ、琴音を守りたかった。それだけだったし、それが全てだった。

 俺はあの日、好きな人がいると言った彼女の背中を押した。その相手は俺であるべきではないと思ったから。いつか俺ではない誰かを好きになって、幸せになってほしいと、そう願った。
 彼女への気持ちを一つのボタンに込めて小さな袋に入れた俺は最後にそれを手渡した。

 琴音、どうして俺が第二ボタンを渡したと思う?
 第二ボタンっていうのは、元々は戦争に行く兵士たちが、もう帰ってこれないかもしれないから自分の分身だと思ってほしい、そういう思いを込めて、大切な人に渡したんだって。
 俺はもう君に会うことはないけれど、俺のことも、一緒に過ごした時間も、忘れてほしくなかったんだ。だけど本当は君から欲しいって言ってほしかった。なんて、欲張りな俺を許してくれる?


 長野を離れてすぐに母さんが倒れた。倒れてしまうほどの無理をしていた母さんに俺は気づけなかった。新しい自分になるんだと、そればかりで、すぐ隣にいた母さんのしんどさに気づくことができなかった。——また、自分が嫌いになった。いつだって俺の選択は大切な人を犠牲にするんだ。

 それから俺は父方の祖父母と生活を共にした。そこでの生活は感じたことのないくらい幸せだった。じいちゃんもばあちゃんも、俺や母さんにすごく親切だったし、母さんもそこにいると自然と笑顔が増えていった。

 そして何よりじいちゃんとばあちゃんは俺を愛してくれた。俺の全てを受け入れて、俺の持つ寂しさや苦しさを全部包み込んでくれた。それから俺にいつも言ってくれた。「匠真が来てくれて幸せだ」と。
 こんな俺でも誰かを幸せにできるんだと、生まれて初めて思えたんだ。もしかしたら俺は変われたのかもしれない。今の俺なら琴音を幸せにできるかもしれない。

 会いたい、会って気持ちを伝えたい。

 溢れてくる想いを止められなかった俺は、琴音に会いに行った。
 忘れもしない、十五歳の誕生日。

 あの日の俺の選択が母さんを殺した。俺が琴音に会いに行かなかったら今でも母さんは生きていた。

 ——俺が母さんを殺したんだ。