春はいつだって別れの季節なんだと思う。
 そんなことを知らずにやってくる夏が今日も地面を照らしている。面接会場へと足を運んでいるだけで、身体中に熱を感じ、汗が滲む。俺は横断歩道を渡りながら、すれ違う家族の会話に耳を傾けた。

「パパ、ママ、今日はどこに行くの?」

「まだ内緒!楽しみにしてて」

 母親がそう答えると、父親はその小さな息子を肩に乗せた。「うわぁ」と言ってはしゃぐ息子に両親が微笑む。幸せの象徴ともいえるその場面をこの歳になってもまだ羨む自分がいた。

 面接会場に着くと一気に緊張が押し寄せてくる。周りの誰もが自分より一枚も二枚も上手(うわて)に見えるのは、就活生にしか感じられない嫌なプレッシャーのせいだろうか。スーツの裾を軽く伸ばして埃を払う。そんなことでこの緊張感から抜け出せる訳がないことくらい分かってはいるけれど、毎度のようにこれを行った。

『あなたが生きてきた中で一番衝撃的だった出来事を教えてください』

 いつもそうだけど、企業側のしてくる質問は意地が悪い。こちらが予想してきたものとは違う斜め上からの問いに何人もの学生が打ちのめされる。無論、俺は今日も完敗だった。

 面接を終えると藤山先生に結果報告に行く。これが最近の日課だった。先生はこちらの失敗談を大きな声で笑い飛ばしてくれる。

『焦らずゆっくり』

 という先生の口癖を聞いてほっと胸を撫で下ろす。これも日課の一部である。今日もその日課を果たすべく、先生の元へと足を運ぶ。
 キャリアセンターの扉の前に立ち、なんとなく中を覗くと、スーツを着た学生が先生と話していた。ガラス越しに見えるその後ろ姿に足が竦む。

 君の姿を見ると、心が、体が、反応するんだ。あの頃に戻りたいと、叫ぶんだ。それでも君が選んだのだから、それがきっと一番なんだと自分に言い聞かせる。

 君への恋心は今もまだ消えそうにない。
 浅倉琴音。今までもこれからも、僕はずっと君のことが好きです。