宮部君の中学校に行くことになったのは、飯村君が行きたいと言い出したからだった。ちょうど中学のサッカー部に顔を出しに行く予定だった宮部君に便乗する形で私たちも大学を出る。
 中学までの道のりを私たちは第二ボタンの話をしながら歩いた。以前、その単語に胸がざわついたと言っていた飯村君も楽しそうにその話をしている。

「宮部さぁ、せっかくならそのボタン牧野さんにあげたら?」

「はぁ?今さら要らないだろ」

「浅倉さんはどう思う?」

 話を振られて彼女のことを想像してみる。大はしゃぎして喜ぶ彼女が安易に想像できた。それと同時に、当時の思い出を語った時の彼女の様子も頭に浮かぶ。彼女の新しい側面を知ることができたあの日、悲しそうな表情を見せた彼女が鮮明に浮かんでくる。それでもその過去があってよかったと胸を張って言った彼女は本当にかっこよかった。

「多分、すっごい喜ぶと思うよ」

 彼女の様子を想像すると自然と笑顔になる。まだ悩んでいる様子の宮部君に飯村君は背中を強めに叩いて、「頑張れよ」と微笑みながら言った。宮部君は背中を押さえながら、

「じゃあお前も頑張れよ」

 何かを悟るような表情で話す宮部君はやけに眩しそうに見えた。

 夕方になった春風は少しずつその冷たさを露にし、それを不自然にしないように照りつける夕陽はひどく強く熱かった。
 お互いに目を細めながら向かい合う二人の間に春の象徴である花びらが踊る。

「俺はいつだって全力だよ」

「そうじゃなくてさ、素直になれよ」

 二人は足を止めた。それに倣って私もその場に立ち止まる。遠くで鳴るサイレンがやけにうるさく感じるのは、この場の静けさのせいだと思う。

「俺さぁ、意味のない過去なんてないと思うんだ。どんな過去でも絶対お前にとって必要なんだよ。思い出せないからって片付るのはもうやめてさ、そろそろ向き合えよ」

 宮部君は真っ直ぐに飯村君を見ていた。そして飯村君もまた、真っ直ぐにその瞳を見つめる。踊る花びらたちは空を舞い、二人の空間を包んでいるようだった。

「本当は思い出したいんだろ?」

 親友からの最後の問いに飯村君は小さく笑って、大きく頷いた。すると今度は宮部君が背中を叩き、二人は肩を組んですぐそこに見える中学校まで歩き出した。出遅れた私も足早に彼らの横に並びに走った。