「浅倉さんの中で、これだけは誰にも負けないって思う部分はなに?」

 無事に新年を迎え、テスト期間に入る直前の金曜日の今日、私はキャリアセンターにいた。テスト前ということもあり、いつもより人が少なく感じる部屋の中で藤山先生の声が響く。響くといっても彼女は別に怒っている訳ではない、むしろ今日の彼女はいつもに増して親切だった。

 今日の私は元々は彼女に会いに来た訳ではなかった。文才のない私が書くエントリーシートはどんなに過大評価されようとも上手に書けているとは言えず、ここへは参考になりそうな資料を求めてやって来た。すると、眉間に皺を寄せながら数多の資料と向き合う私に彼女の方から声をかけてくれたのだった。

 エントリーシートがうまく書けない旨を素直に伝えると、彼女は「じゃあ一緒に書いてみようか」と言っていつもの席へと私を誘導した。そして今、彼女から壮大なテーマに感じられる質問を投げかけられているということだ。

「人には負けない部分……。それって誰にでもあるものでしょうか?私にはないような気が」

 精一杯考え抜いた末に私から出た言葉がこれだった。自分のことなのに私自身が一番分かっていない。自己分析のできない就活生をどこの企業がもらってくれるというのだろう。俯瞰で見ればそう思うのに、自分のこととなるとそう簡単にはいかないものだ。

「それは絶対にある。人間同じ人なんていないでしょう?人それぞれ良いところも悪いところも持ち合わせてる。だから浅倉さんにも、浅倉さんにしかない個性や魅力があると思うよ。きっとその中に、他の人よりも強い何かがあるはず」

 いつになく真剣な表情で答える彼女を見て私は少し怖気づいてしまった。それを悟られないように明るく「はい」と返事をしてみたけれど、その声は小さくて彼女に届いたどうかすら分からない。別に怒られている訳ではないのに、どうしてか彼女の顔を見ることができない私は、彼女に言われたことを見返すかも分からないノートに書き込んでおいた。


「今日は約束もしてなかったのに時間割いてくださってありがとうございました。自己分析、頑張ってみます」

 閉館時間が近づき、参考になりそうな資料だけコピーをとってから帰ることにした私は、そう言って彼女に頭を下げた。

「いいえ、どういたしまして。私でよければいつでも頼ってね」

 彼女はいつものような大らかな雰囲気で応えてくれた。それを聞いてもう一度頭を下げると、彼女は口元に手をあてて堪えるように笑い出した。そして戸惑う私に、

「例えばだけどね、そうやって小さなことでも律儀に頭を下げられる浅倉さんって、私すごく素敵だなって思うの。自分が当たり前だと思ってやっていることが、他人からすると当たり前じゃないことって案外たくさんあるものよ。浅倉さんには浅倉さんにしかない素敵な魅力がある。だから人と比べて自分を卑下する必要なんてないよ。まぁまずは浅倉さん自身がそう思えるようにならなくちゃね」

 そう言った彼女の目は、私に「頑張れ」と伝えているように見えた。私はそんな彼女にもう一度お礼を言ってから部屋を後にした。