謎の空気感の中荷物を下ろし、あろうことか私の向かい側に座った飯村君に、榎本君は運ばれてきたばかりのレモン酎ハイを渡した。

「もー遅いっすよ、匠真さん。就活お疲れ様でーす」

 榎本君はそう言って空のジョッキを持ち、飯村君が持つジョッキと音を鳴らした。私に軽く会釈した飯村君はそのまま三分の一ほどの量を飲み干した。
 これから仕切り直しかと思ったが、この妙な空気を感じ取った宮部君はそれを流してはくれない。

「匠真も揃ったし改めて自己紹介と思ってたんだけど、何この空気。三人は知り合いなの?」

 宮部君はそう言って私たち女子二人と、飯村君を交互に見た。そんな彼の問いにいち早く反応したのは、頬を随分と赤らめた私の後輩だ。

「私は全然知らないですけど、琴音さんと飯村さんは……きっとすごく仲良しです!」

 小さな個室に響き渡るくらい大きな声でそう答えた彼女を見て、私以外の三人も彼女が相当酔っ払っていると確信したようだ。
 この状況に私はというと、またもや悲鳴を上げようとしている心臓を必死に抑えている。仲良しだなんて言われて彼はどう思うだろうか。申し訳なくなる私は彼の顔も宮部君の顔も見ることができない。

「うーん、まぁ仲良しなんじゃない?この間も一緒に授業受けたし」

 私の思いとは裏腹に軽々と答えた彼は、半分俯く私の顔を覗き込みながら、「ね?」と同意を求めた。ドキッとしながら、「あ、うん。そうだね」と答えると、彼は嬉しそうに笑顔を作った。
 彼のその一瞬の笑顔が心の奥に閉じ込めていた気持ちを呼び起こそうとしている。彼をもっと知りたいという欲が身体中から溢れ出そうになる。それは私の細胞を蝕み、やがて外へと排出しようと試みるだろう。怖い、自分の知らない部分が勝手に暴れそうで、私はとても怖くなった。