肌寒い年末に私は一ノ瀬匠真(いちのせたくま)と出会った。

 まだ小学生だった私の家は少し広めの賃貸アパートで、そんな私たち家族の住む部屋の隣に引っ越してきたのが一ノ瀬家だった。
 引っ越しの挨拶に来た時、父親の姿はなく彼の母親はそれをどこか申し訳なさそうに私の両親に伝えていた。

「すみません。主人は普段仕事が忙しくてあまり家にいないんです」

「そうなんですか、年末だというのにご主人も奥さんも大変ですね。僕たちでよければいつでも頼ってください。これからどうぞよろしくお願いします」

 父が彼の母親から粗品が入っているであろう紙袋を受け取りながら笑顔で対応する。

「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。ほら、匠真もご挨拶なさい」

 そう言って母親から少し強めに後頭部を押されたその男の子は、私よりも体が小さく少し震えているように見えた。

「お願いします」

 きっとそう言ったのだと思う。だけどその声は驚くほど小さくて、正確には聞き取れなかった。そのあまりにも可哀そうな姿を見た父は咄嗟に、「ほら琴音(ことね)、お前もちゃんと挨拶しなさい」と私の背中を押した。父に押されて勢いよく一歩分前に出た私に吃驚したのか、彼は半歩後ずさった。

「あ、浅倉(あさくら)琴音です!よろしくお願いします!」

 か弱そうなその男の子に張り合うつもりなんてなかったのに、なぜかいつもより大きな声を出してしまった。初対面で嫌な態度をとってしまったと思い、いつもより深く頭を下げてお辞儀をしたが、彼はそんな私の姿なんて見ていなかった。それでも、それが当時の私にできる精一杯の彼への謝罪と同情だった。

「まぁ、琴音ちゃん元気いっぱいね。匠真は三年生なんだけど、同じくらいかしら?仲良くしてあげてね」

 彼の母親はそう言って半歩下がっていた自分の息子の背中を押して、もう一度彼の足を前へ移動させた。当の本人はあの消えそうな声で挨拶をしてからずっと下を向いていたので、私はこの日彼の顔を覚えることができなかった。それでも自分と同い年であることが単純に嬉しかったし、すぐ隣に友達ができたと幸せな気持ちになった。