企業の人の話なんて一切耳に入ってこない。普段から小難しい話は頭に入らなかったけど、今日は格段に入らなかった。それもそのはずだ。席に着いてからずっと、先ほどの彼が言った言葉だけをひたすらに思い出しては匠真と重ねていたのだから。

『知らない人』
 彼はたしかにそう言った。きっと別人なのだから、その言葉は間違いではない。それならば私にとっても彼は『知らない人』だ。関わることの無い同じ大学の同級生。つまりはその他大勢の不特定多数の中に彼は分類されるということだ。
 だけど私のことを『知らない人』と言った彼のことを私は『匠真』と呼び、彼の友達も彼のことを『たくま』と呼んだ。これも紛れもない事実だった。だから気になった、偶然と偶然が重なった現実が、普段ない出来事が立て続けに起こった現実が、それが気になっただけ。そう、きっとただそれだけ。

 企業の人たちの自信に溢れた声と、メモを取る学生たちのボールペンがノートをはじく音をかき消すほどの自分の心臓の音を私はセミナーが終わるまでずっと聞いていた。途中ぐるりと周りを見渡してみたけれど、先ほどのグループはもちろん見つけられなかった。

 セミナーが終わってから私は学内にあるキャリアセンターへと向かった。将来の見通しがまったく立たない私のために、様々な交流会や説明会を勧めてくれる藤山(ふじやま)先生との約束があったからだ。
 藤山先生は四十代の少しふくよかな女性で、夏に初めてここを訪れた時にたまたま対応してくれたのだけど、それ以来ずっとこんな私の面倒をみてくれている。優しくておおらかな彼女を求めてここへ来る学生は実際私以外にもたくさんいた。確かにとても優しい先生だけど、私が一番好きなのは、「私がどれだけアドバイスしたとしても、結局やるのは浅倉さんだからね」と最後に喝を入れる彼女のかっこよさだった。