『ねえ、知ってる? ほら、大塚(おおつこ)さんち』

『えっ。なに、なに? なんの話?』

『それが大塚さんの奥さん、旦那さんに逃げられちゃったんですって』

『えっ、そうだったの? 私はてっきり事故か病気で亡くなったとばかり……』

『それが違うのよ。かわいそうに、まだ小さい子もいるのにねえ』

 うるさい、うるさい。ああ、うるさい。

 みんな、勝手なことばかり言って……。

『おい。お前んち、父親いないんだろう?』

『知ってるぞ。お前の父ちゃん、浮気して家を出て行ったって』

『やーい。お前の父親、浮気者ー!』

 雑音、雑音。全てが雑音だ。

 どうして私達が、こんなみじめな思いをしなちゃならないの? 私とお母さんがなにかした? ……これも全てお父さんのせいだ。

 ああ、そうだ。

 だから私は、絶対にお父さんを……!

 お父さんを許さない──っ!!

 私は思い切り叫ぶ。するとそんな私をなぐさめるみたいに、急に全身が優しい温もりに包まれた。

 なんだろう、とっても心地良い。こんな穏やかな気持ちになるのは久し振りだな。お母さんが死んじゃって以来かもしれない。

 そんなことを考えながら薄っすらと目蓋を開かせていくと、
「ん……? え……、え、え?」
 目の前にはなぜかマリア像みたいな、きれいな顔があった。

 あ、まつげ長いな……って、そうじゃない! 私は起き上がろうとしたけど、突然マリア様じゃなくて菊の腕がにゅっと伸びてきて、私の腰の辺りに巻きついた。そして──。

 菊の心臓の音が、とくん、とくんと聞こえてくる。作り物みたいなのに、ちゃんと生きてるんだな……って、だから、そうじゃない!

 私はのど奥を震わせて、
「きっ……、キャーッ!!?」
 思い切り叫んだ。