シャテル王国の公爵令嬢であるセシリア・ブランジーニに前世の記憶が蘇ったのは、十歳の誕生日のことだった。
 父は毎日忙しく、母は生まれつき病弱で、この日も誕生日だというのに、セシリアは朝からひとりきりだった。
 まだ幼いセシリアは寂しさのあまり、こっそりと屋敷から抜け出して、ひとりで町を歩いていた。
 屋敷の門は、いつもなら警備兵によって厳重に守られているはずだった。だが父が王城に出向くために馬車を出したあと、母の主治医が駆けつけるまで開け放たれていて、簡単に通り抜けることができたのだ。
 今思えば、この日はそれほど慌ただしく、今日はセシリアの誕生日だとみんなが忘れていても仕方がなかったと思う。
 でもセシリアにはまだ、そこまで理解することができなかった。
 今までは屋敷の人間によって甘やかされ、大切にされていたから、それも当然だ。
(わたしなんかいなくても、お父様もお母様も困らないのよ)
 泣き出しそうになりながら、そう思ったことをよく覚えている。