エオノラはとぼとぼと人通りのない道を歩いていた。
 婚約は一年前に親同士が決めたものだった。
 初めて会った時からリックは忙しそうで構ってくれなかった。決められた結婚だったこともあり、彼はエオノラに端から興味がなかったのかもしれない。

 それでもエオノラはこの婚約に希望を抱いていた。
 恋愛結婚のように燃え上がるような恋とはいかなくても、お互い支え合って生きていけたら素敵だな、と思っていた。
 焦らずに少しずつ距離を縮めていけたら嬉しい――なんて呑気に構えていたせいでリックの心はアリアへと移ってしまった。

「……胸が痛い。刃で刺された訳でもないのに」
 胸の痛みを手で押さえながら歩いていると、また涙で視界がぼやけていく。リックとはもう二度と以前のような関係にはなれないだろう。歩み寄ったところで彼の心はアリアへと行ってしまったのだから。このまま婚約式を迎えて一年後に結婚しても幸せは待っていない。

「良かった。分かったのがまだ婚約式前で。婚約式後だといろいろと難しくなるもの」
 自分に不幸中の幸いだと言い聞かせながらドレスの袖で涙を拭っていると、どこからともなくバラの香りが風に乗って漂ってきた。
 同時に、リンリンと鈴に似た音が微かに聞こえてくる。


 エオノラは立ち止まって香りと音がする方へ視線を向ける。するとそこには見事なまでに不気味な屋敷――死神屋敷が佇んでいた。
 たちまち恐怖で全身が強ばった。
(死神屋敷には絶対に近づいては駄目だってお父様たちに言われていたのに!!)
 眼前に広がる屋敷はフォーサイス伯爵家の屋敷より何倍も大きくて立派だ。