空気が温んできた。
 学校はまだ始まったばかりなのに、桜はすっかり散ってしまって、校庭の並木も緑ばかりが目立つ。

「花見しなかったな」
「そうだね」

 待合室の窓から見える空は、水色のペンキを塗りたくったようで、ちっとも春らしくない。
 五月になったら、もう初夏だ。
 春は短すぎる。知らない間にどこかに行ってしまった。

「ケンちゃん座れば?」

 次のバスが来るまで、まだ七分ある。
 待ち時間を潰すのに、椅子に落ち着いてケータイをいじっていたヨウコが、不意に顔を上げて言った。
 新学期になる前に、ヨウコは髪の色を変えた。前より少し淡くなった毛先が、強さを増している日差しに透けている。長袖の白いセーラー服の胸元に薄い影が揺れて、その下に続くなだらかな膨らみに、一瞬どきりとする。
 隣の家に住んでいるヨウコは、生まれた時からお互いを知っている幼馴染だ。
 一緒に風呂に入ったこともある。
 その位置が腹と同じ高さしかなかった頃の事もよく覚えているのに、今のヨウコを見ていると、なんだか落ち着かない気持ちになる。
 きっと、髪の色が変わった所為だ。それと、制服が白い所為。

「ケンちゃんさぁ」
「何?」

 ドキドキしながら目を逸らすと、ケータイに視線を落したまま、ヨウコは呟いた。

「好きな子って、いる?」

 ぎょっとして振り返ると、いつの間にかヨウコがこちらを見ていた。薄桃色のぽっちゃりとした形の唇が、わずかに開いてその奥の白い歯が覗けている。

(セーラー服と薄い色の髪と、桃色の唇)

 考えがまとまらない。
 どきどきと耳の内側から音がする。

「お……」

 うるさい。止まれ、心臓。

「お前は、どーなんだよ」