***千夏の誕生日事件【番外】***




 事件が起きたのは7月30日、千夏の誕生日を次の日に控えた金曜日の夕方の出来事だった。もう夏も本番と言った暑い日が続いていて、嫌気が差していたが、初めて陽翔と二人で過ごす誕生日に千夏は浮かれていた。

「社長、明日お誕生日ですよね?」

 そう言ったのは秘書の磯田だった。

「ええ、そうよ」

「明日は休みのため一日早いですが、誕生日プレゼントです。お誕生日おめでとうございます」

「わー。ありがとう磯田くん。嬉しい」

 そう言って磯田くんに飛びつくと、磯田くんも私を優しく抱きとめてくれた。

 そこに偶然社長室に入って来たのは陽翔だった。

「千夏さん……何やっているんですか?」

「陽翔?仕事は終わったの?」


 陽翔はあれから『ボディ&ケア』の秘書を辞め、自分の会社に戻っていった。さすがに長期休暇を取り過ぎて、社員達が悲鳴を上げていると言う話を聞き、千夏が自分の会社に戻るように説得したのだ。


千夏と磯田がくっついたまま離れる様子を見せないため、陽翔は二人に近づき二人の間を引きさいた。

「磯田くん。これはどういうことかな?」

 笑ってはいるが、陽翔の瞳は怒りに燃えている。

「明日が社長の誕生日のため、誕生日プレゼントを渡していただけですが?」

 磯田は腕を組みながら眼鏡をクイッと上げた。磯田の自分は何も悪いことはしていません。と言った態度が陽翔は気にくわない。

「プレゼントねぇ……。それで千夏さん、もう話は終わったの?帰っても大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ」

 すると陽翔は千夏の腕をつかみ、磯田に挨拶をすること無く社長室を後にした。そのまま地下駐車場まで行き、陽翔は乗ってきた高級車に千夏を押し込むと、運転を始めた。

「あの……陽翔?怒ってる?」

「…………」

 何も言わない陽翔に千夏は不安を覚えた。

 陽翔はどうして怒っているの……。


 千夏は陽翔が怒っている理由が分からなかった。