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 社長室に甘ったるい空気が流れていた。その空気を一掃するため磯田は眼鏡をクイッと上げると、いつもより低い声で話し出した。

「社長も陽翔くんもいい加減にしていただけますか?ここは職場ですよ」

 磯田の視線の先には、デスクで資料を読む千夏の傍らで、千夏の首に腕を回し張り付いている陽翔の姿があった。

「キャー!ごめんなさい。ほら、陽翔くんも仕事の時はこういうのはダメよ」

 ぷくっと頬を膨らませた陽翔が、可愛くらしく千夏にすり寄った。

「えぇー。もう少しくっついていたかったなー」

 そんなことを言い、甘える陽翔が千夏は可愛くて仕方が無い。といった様子で陽翔の頭を撫でた。

「仕事が終わったらね」

 その言葉に陽翔は嬉しそうに笑い、頷いた。

「うん。わかった」

 磯田はその言葉を聞き、安堵の溜め息をこぼす。

「陽翔くん行きますよ。ここにいては社長が集中出来ませんからね」

 そう言って磯田は陽翔を連れて社長室から出て行った。そんな二人を千夏は見つめながら溜め息を付く。

 陽翔が好きだと気づき自覚した途端、たかが外れたようになってしまっている自分がいる。陽翔が可愛くて仕方が無い。

 陽翔が笑うのが嬉しくて、思わず甘やかしてしまう。先ほどのように、ここが職場だと分かっているのに拒むことも出来ない。


「はぁー。今日も安定の可愛らしさだったわね」


 千夏は幸せそうにそう呟くと、仕事に集中するため陽翔が入れてくれたコーヒーを一口くちにしてから資料を読み込んだのだった。