その日の夜、千夏は達哉に呼び出されていた。


 あの夜、達哉に振られてから千夏は達哉と連絡を取っていなかった。それが急にどうしたというのか?

 達哉から指定されたホテルのレストランへとやって来ると、千夏の耳に心地よいピアノの音色が、聞こえてきた。千夏は薄暗いレストラン内を優しく照らし出すシャンデリアの下を、レストランスタッフに促され奥へと向かって歩いて行く。すると、奥の席に座っていた達哉が微笑みながら軽く手を上げた。


「千夏……」


 達哉は以前と変わらないスマートな所作で千夏を呼ぶ。千夏はその姿を見て、懐かしく思う反面、何かが引っかかった。


「千夏久しぶりだね。元気にしていたかい?随分活躍しているみたいだね。テレビ見たよ」

「…………」


 この人こんな感じの人だったかしら?言葉が全て上辺だけのように感じる。

 本当に私はこの人が好きで付き合っていたのだろうか?と思うぐらい心が揺れない。一体どうしてしまったのだろう?

 あの別れを告げられた夜はあんなに泣いて、この人にみっともない姿も晒してしまおう、っとさえ思ったのに……。今は何も感じない。

「千夏聞いているかい?」

「えっ……ごめんなさい。聞いてなかったわ」


 そんな千夏を見つめ、達哉はふうっと溜め息を付くと、真剣な表情を浮かべ話し出した。

「千夏……俺とやり直さないか?今度は結婚を前提に」


 結婚を前提に……。


 達哉と付き合っていた時ならその話しに大喜びで飛びついただろう。しかし今は心が動かない。それどころか気持ちが冷めて、冷たくなっていく。

 私は何故この人に会いに来たのかしら?

 私が今、会いたいのは……一緒にいたいのは……。

 
「達哉……私……」


  
 自分の気持ちに戸惑いながら、千夏が答えようとしたその時、誰かに横から抱きしめられた。


 えっ……?


 何……?