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19時になり私は達哉が指定してきたホテルへとやって来た。空へと向かって聳(そび)え立つ大きなホテルは窓ガラスから優しい光を放っていた。いつもよりお洒落をした千夏はエレベーターに乗り込み、最上階にあるレストランを目指す。
指先が冷たい。緊張してきたわ。
服装も髪もバッチリ。
大丈夫よ。
今日も私は完璧なはずよ。
千夏は軽く気合いを入れた。
エレベーターの扉が開くと、すぐ目の前にガラスの扉に金のドアノブが付いた豪華な扉が現れた。千夏が来たことに気づいたレストランのスタッフがその扉を開き中へと促してくれる。優美な物腰で千夏が中に入ると、奥に座っていた達哉が手を上げて合図をくれた。それに頷き、レストランスタッフと共に千夏は達哉の元へと向かった。レストランスタッフが、達哉の座っていた席の向かいの椅子を引いてくれるのを待ち、千夏は優雅に着席する。それは全てが完璧に見える所作だった。
「達哉お待たせ。何か頼んだ?」
「食べ物はまだだよ。飲み物は先に頼んでおいた」
そこへ赤ワインの入ったグラスを持ったスタッフがやった来た。達哉と千夏はそれを受け取り、二つのグラスを重ね合わせると、優しく美しいグラス音がレストランに響き渡る。
千夏は喉を潤すべくワインのグラスを口に運ぶと、コクリッとそれを口に含み飲み込む。すると口から鼻にかけて、ワイン独特の樽香(たるこう)と共に優しい渋みが口に広がった。
「おいしっ」
美味しいではなく『おいしっ』と、なってしまったのは本当にワインが美味しかったからだ。ほっと息を吐きワインの余韻に浸ったいると、真剣な瞳でこちらを見つめている達哉と目が合った。
んっ……?
どうしたのかしら?
達哉は「ふーっ」と肺の中にあったであろう酸素を全て吐き出すと、赤ワインの入ったグラスを机の上に置いた。
えっ……。
もっ……もしかして、本当にプロポーズとか?
どうしよう。
そうかもとは思っていたけど、いざ現実となると、どうすれば良いのか分からない。
フッと千夏が視線を落とすと、赤ワインのグラスを持つ達哉の手に力が入っているのが目に入った。
相手の緊張がこっちにも伝わってくる。高鳴っていく鼓動。プロポーズなら何て答えようかと思っていると、達哉の口から信じられない言葉が飛び出してきた。
「千夏……すまない。別れてほしい」
「…………えっ?」
今、何て言った?
トクトクと嬉しそうに高鳴っていた鼓動が、今度はドクッドクッと嫌な動きを開始する。心臓は忙しなく動いているというのに、体から血の気が引いていく。
自分の目の前にいる人が、何を言っているのか分からない。