「ちょっと千夏、聞いているの?」

 受話器に耳を当てながら千夏と呼ばれた女性は、母親の言葉に溜め息を付いた。毎月のように会社に電話をかけてくる母は、今日も見合いを勧めてくる。

「お母さん、私には彼氏がいるのよ。見合いって……」

 私には、彼氏がいると言っているのに毎月のように電話をかけてくる母に辟易していた。スマホは出ないからと、会社の電話を私用に使う母。

 ホントに止めて欲しい。

 もう一度、大きく溜め息を付くと、更に電話越しから母の騒がしい声が聞こえてくる。

「ちょっと何よその溜め息。だったらその彼氏連れてきなさいよ」

「そのうちにね……」

「そのうちって、いつよ?」

 向こうの都合もあるというのに、まくし立てくる母に嫌気が差し、その言葉をさえぎるため、千夏は仕事を理由に電話を切ろうと決めた。

「お母さん、私はまだ仕事中だから、その話はまた今度ね」

「えっ……ちょっと待ちなさい。千夏っ……まだ話は終わって……」

 まだ話し足りない、と言った様子の母の会話を強制的に終了させるため、千夏は電話の受話器を置いた。

「はぁーー」

 最近溜め息を付く事が、癖の様になってしまっている。気をつけなければと思っていても、溜め息を付く事を止められない。溜め息を付いても気分は晴れず、先ほどのどうでも良い母の話のせいで気分が沈んでいった。それでも無理矢理に頭の中を切り替える。今は仕事中なのだから。




 私の名前は泉堂千夏(せんどうちなつ)29歳。社員数2000人を超える企業『ボディ&ケア』の女社長をやっている。少し高めの身長に、目鼻立ちのくっきりとした派手顔。昔はこの派手で、キツい顔立ちが好きではなかったが、仕事では武器となるとわかり、大いに活用している。黒く長い髪をなびかせ、颯爽と歩く姿に男性だけでなく、女性も振り返ると、よく言われるが、きっとそれはお世辞だろう。『ボディ&ケア』は『女性の癒やし時間を守る』をテーマに化粧品からボディクリームやバスボム、石鹸類など香りの良い物を沢山取り扱っている。初めこそ、小さなショップから始まった会社だが、気づけば『ボディ&ケア』は都内にショップが10店舗と、圏外エリアにも15店舗と増え、現在海外エリアにも店舗を増やす計画があるほど大きくなっていた。

 こう見えて結構やり手なのよ。

 そして、私が働く会社は都内にある有名オフィスビルディングの38Fから40Fにあり、そこを賃貸していている。職場の中は課別に分けられており38Fには経理、営業、39Fには開発部と研究開発室があり、40Fには会議室や応接室の他に私の部屋である社長室がある。

 そんな私を皆は勝ち組の女社長だという。

 29歳で社長の椅子に鎮座する自分は世間から見れば勝ち組なのだろう。しかし私にはよく分からない。これが幸せなのだろうか?女性としての一般的な幸せとはかけ離れている気がするのだ。

「はぁーー」

 再び大きな溜め息を付いたとき、千夏のスマートフォンがメールを受信した。スマホの画面をタップし、メールを開くとそこには村上達哉(むらかみたつや)の名前があった。

 達哉からだ。

『仕事が終わったらシャルトンホテルの最上階にあるレストランで話がしたい』

 話がしたいって……。

 トクンットクンッと心臓が高鳴っていく。




 もしかして……。