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 その日の夜、千夏は自分のデスクで企画部からの案に頭を悩ませていた。今回企画部から提出された案は、アメニティグッズについてのものだ。沢山ある『ボディ&ケア』商品の中でも人気のある物を集め、アメニティグッズとした物でちょっと試してみたい、と言う人にもってこいの商品だった。それを今度、ホテルなどに置いてもらい、沢山の人達に『ボディ&ケア』の商品を試してもらおうと考えた。『ボディ&ケア』を多くの人に知ってもい、使用してもらうことによって集客を得ようと考えたのだ。

 うちの商品は良い物を取り扱っているんだ。使ってもらえれば、沢山の人に気に入ってもらえると思っている。必ず売り上げがアップするはずなんだ。これを何処のホテルに売り込みに行くか……。その件については営業にまかせているけど……。

 資料を見つめて思案しているところで、コーヒーの良い香りが漂ってきた。

「社長、少し休憩しませんか?先ほどから唸っている姿しか見ていませんし……」

 そう言ってコーヒーを出してくれたのは陽翔だった。

 なんて気の利く子なんだろう。親御さんはきっと彼のことを誇りに思っていることだろう。千夏はデスクに置かれたコーヒーのカップを手に取り陽翔に微笑んだ。

「ありがとう」

 その言葉に陽翔が嬉しそうに笑った。花が綻ぶような笑顔に、千夏の心もほっこりしてしまう。

 陽翔くんといると癒やされるわー。

 そんな事を思いながらコーヒーを飲み、小休憩を取っていると、千夏の持っている資料を覗き込みながら陽翔が話しかけてきた。

「アメニティグッズの件ですか?アメニティグッズを置いてくれるホテル探しているんですよね?」

「そうなのよ。ほとんどのホテルはアメニティを置いているから、今更うちに変えてくれるところなんて無いの」

「それなら新しく建つホテルに売り込みに行ったら良いのでは?」

「簡単に言ってくれるわね。それはそうなんだけど、それが難しいのよ。『ボディ&ケア』は立ち上げて10年も経たないし、知名度も低い。圧倒的にブランド力(りょく)が無いのよ。大手のホテルはブランド名にこだわる所も多いから……」

うちの商品は他社ブランドにもひけをとらない、良い品を取り扱っていると自信をもって言える。それをどんなに主張しプレゼンしても、やはり有名ブランドに負けてしまうのだ。

「なるほど」

 納得しながら考え込む陽翔を微笑ましく見つめる千夏。

 何か一生懸命考えてくれてるわね。クスクス……何だか可愛いわ。リスが首を捻りながら地面に埋めたドングリを探しているみたい。頭の上にいっぱいハテナが見える。

 そこで陽翔が大きな声を上げた。

「あっ……ここの近くに如月グループが建設中のホテルがもうすぐ完成しますよね?そこには営業かけたんですか?」

「ん?あそこは元々ブランド志向で、うちみたいなのは無理だろうと営業には行ってないのよ」

「えー。もったいないじゃ無いですか。もしかしたら、もしかするかもしれないじゃないですか?」

 んー。確かに……。何もせずに諦めるのはもったいない。

「明日にでも営業に行ってきてもらおうかしら?」

「そうですよ。やってみなければわかりませんよ」

 そう言った陽翔の瞳が怪しくキラリッと光ったことに、千夏は全く気づいていなかった。