おい、とふてぶてしい声が聞こえて、後ろを振り返った。案の定それは、私を呼ぶ礼人の声だった。

「おはよー」

 いつもの私なら「おい、ってやな言い方だねー」と非難するところだが、今日の私はご機嫌なのだ。爽やかな朝に相応しい満面の笑みを添えて挨拶をした。

「昨日のあれ、なんなわけ?報告だけしてさっさと寝やがって」

 口悪ーっ。挨拶も返さず話し始めた礼人にイラっとしたが、どうやら礼人も私に苛立っているらしい。
 そんなに怒ることか?と思ったのはここだけの秘密だが、ここは素直に謝る方が得策だろう。私は「ごめん」と眉を下げた。

「……まぁ、別にそんなに怒ってるわけじゃないけどぉ」

 ちょろい奴である。

「で、まじで付き合ったの?」

 そんな嘘をつくわけなかろう。「まじだよ」と、私は隠しきれない頬の緩みと共に礼人に告げた。

「まーじかー。そうかぁ……女子たち荒れそうだなぁ」

 礼人はそう言って、にやりと意地の悪そうな笑みを見せる。なんでそんなに嬉しそうなんだ。私が窮地に立たされるかもしれないのに!

「べっつにー。付き合ったときに覚悟したもん。それにもうすぐ夏休みだから、多少騒がれても全然平気でーす」

 ここで弱々しい態度を見せることは、なんだかとても癪なので、私はそんなことなんでもないと言う風に、ふふんと鼻で笑った。

「そ。ま、なんかあったら言ってきなよ」

 まさか礼人からそんな頼りがいのある言葉が出るなんて……。
 驚きに固まった私を見て「や、俺もやるときはやるからね?ビシッと!」と鋭い目をするものだから、嬉しいやらおかしいやらで笑ってしまう。

「あ、だから今年の夏祭りは一緒に行けないかな。ごめんね?」
「はい、全然寂しくないです。美琴は知らないかもだけど、俺、そこそこモテるので」

 知ってるわ!で、すぐに振られるのも知ってるからね!?というツッコミ待ちだろうか?
 礼人のギャグ線はいまいちわかりづらい。

「それまでに別れたら今年も一緒に行こうねぇ」

 私が返答に迷っていると、礼人が不吉な言葉を放つ。やめて!言霊って知らないの?!

「やめてよ、やなこと言うの」
「ごめんごめん。言霊ってやつね」

 知ってるなら尚更言わないでほしかったわ、と礼人に忌々しげに視線を送ったけれど、当の本人はどこ吹く風である。
 夏の日差しを受けながら、礼人の黒髪がキラキラと輝いていた。