「お父様。それでは行ってまいります」
「ああ、気を付けて。あまり遅くならないようにね」
「もちろんです」

〝当然でしょ〟と自信満々な笑みを父に向けたジェシカだったが、これから向かう先を彼女が訪れた時、それが守られたことは少ない。
この日、ジェシカが身に着けているのは、庶民が着るような軽装だった。薄い黄色のブラウスに、紺色のロングスカートを履き、足元は動くのに適したヒールのない靴を合わせている。一応、日よけの帽子を被ることは忘れていない。
そんな服装でジェシカが向かったのは、領内にある孤児院だった。

「まあまあ、ジェシカお嬢様。いらっしゃい」
「お邪魔させていただいても?」

ジェシカが何の連絡もないままここを訪れるのはいつものこと。職員達も慣れたもので、驚きもせずすんなりと彼女の訪問を受け入れている。
けれど、この日は少しばかり様子が違っていた。

「ジェシカお嬢様。実は今日、これから王都の騎士様達がこちらへいらしてくださる予定になっているんです」
「まあ、何かあったの?」

〝騎士〟という言葉を耳にして、思わずここが襲われたのかと一気に不安になったジェシカだったが、その後の説明にホッと肩から力を抜いた。

「倉庫の屋根が傷んでいるのと、ブランコも劣化して今は乗れなくなっていますでしょ?それを騎士様方が直しに来てくれるんですよ」

本来なら、領主であるミッドロージアン家がお金を出して修理するところだ。けれど、領民の誰もが知っている通り、その資金をひねり出すような余裕はない。
孤児院としても、ミッドロージアン家の現状もその人柄も知っており、そこを責める気は少しもない。現にこうして話している間も、どこか申し訳なさそうな顔をするばかりだ。

「そういえば、父が依頼していたわ。ごめんなさいね、すぐに対応できなくて」

謝罪をするジェシカに、対応した職員はとんでもないと首を振った。

孤児院をなくすわけにはいかない。その維持に、国の方からもいくらかの補助が出されている。
それに加えて、領主だけの力で維持できなくなった時も、申請すればできる限り応えてもらえる。当然、事前に調査があり、結果次第では断られる場合もある。それは中にはよからぬことを企んで、少しでも費用を浮かせようと資金不足をでっち上げる領主もいるからだ。

近隣諸国との関係が落ち着いている今、国はこういう各地の要請に対して、資金を提供するだけでは終わらせない。今回のような力仕事となれば、騎士を働き手として派遣してくれるのだ。

「ですから、今日は外遊びができません」
「そうね。邪魔をしてはいけないし、危険なこともあるでしょう」

〝そうなんです〟と頷く相手に、ジェシカはにっこりとほほ笑んだ。