ミッドロージアン伯爵の治める領地。
そこは王都からそれほど離れておらず、城で開かれる夜会にも、自領から出向くことが可能な距離に位置していた。多くの貴族がこぞって王都にタウンハウスを持つ中、その必要のない位置関係は、別邸の維持費もままならないミッドロージアン家にとっては大変都合がよかった。

歴史だけは長く、名前の立派なミッドロージアン伯爵家。
その実態は、ここ数年は生活費をねん出するのがやっとなほどのド貧乏貴族だった。

決して、現伯爵が浪費家だとか、騙されやすい人物だとかが原因ではない。いうならば、マーカス・ミッドロージアンがお人よしすぎるのがいけない。かろうじて領地の切り売りや返還するところまではいっていないものの、実態は火の車。それは、伯爵令嬢の人格を左右する程度に。

マーカス・ミッドロージアンと、その妻セレストの間には4人の子どもがいる。現在18歳になる長女のジェシカ。14歳の長男オリヴァー。11歳の双子の姉妹、エイミーとフローラ。妻セレストは双子の出産後、産後の肥立ちが悪く、双子が1歳を過ぎたころに亡くなっている。
それを機に、ミッドロージアン家の家計は、じわりじわりと傾きだした。

当時、表立って仕事をしていたのは、もちろんマーカスだ。しかし、実質彼は妻セレストの掌の上で転がされていたようなもの。やり手だったセレストは、邸内のことも領内のことも全て把握していた。けれどいかにも取り仕切っているのは夫ですとうまく装って、夫を立てることも怠らなかった。

それが、ある意味影の主人だったセレストが亡くなってしまうと、徐々に立ちいかなくなってしまった。
伯爵邸からは、一人また一人と使用人が姿を消していった。もちろん、人のよいマーカスのこと。何の手立ても打たないまま解雇したわけではない。涙ながらに謝罪し、次の勤め先も確実に手配した上でだ。

気付けば邸に残っている使用人は、ウォルターと一番長く勤めていた侍女のカーラだけになっていた。
この二人だけで邸内のことが回っていくわけがない。そこをジェシカが手伝うようになったのは、自然の流れだった。

一人また一人と使用人が去っていく中、仕事量が増えて大変そうな使用人達を見て、ジェシカは黙っていられなかった。進んで弟妹達の世話をして、まだ残っていた使用人達にまざって家事を覚えていった。今となっては、なんでも一通りこなせてしまうほどジェシカは本格的に家事能力を身につけていった。

ミッドロージアン家には、先立つものが潤沢にあるわけではない。贅沢は敵とばかりに、ジェシカの作る料理は庶民じみたものが多かった。むしろ、栄えた領地の庶民や商人達の方が、豪勢な暮らしをしていたぐらいだろう。そういった背景が、夜会でのジェシカにつながっていく。