「父さん達がいない時でも、遊びに来てもいいからな」

和臣が帰る間際、どう見ても機嫌がいい父が、「今度飲みに行こうか」と言っていて。その事について「まだ未成年です」と母に怒られていた。





「いいよ、ここで」

和臣を送るため、家から1分ぐらい2人で歩いたところで和臣が言う。
バイクではなく、電車できたらしく。


「和臣、緊張しなかったの?」

「してたよ、喋ってる時、手汗やばかったし」


どう見ても、そう見えなかった。
きちんと聞かれた質問には困ることなく、回答していて。私とは大違いだった·····。



「いい両親だな」

「うん·····」

「ありがとな、挨拶させてくれて」

「ううん、来てくれて嬉しかった。私こそありがとう·····」



今日はリビングだけで、私の部屋の中には入ってないけど。もう、両親がいなくても和臣を中へ招待していいと思えば、嬉しくて。


「また密葉を連れて来いってうるさいよ」

「え?」

「母親。あんなにもいい子すぎる女の子は、俺には勿体ないって言ってくる」


そんな事·····。



「俺の初めての彼女、密葉で良かったよ」



初めての·····?


え?

初めて?

今、初めてって言った?



「初めて?」

「うん?」

「付き合ったこと無かったの?」

「そうだけど、言ってなかったっけ?」


言ってないし、聞いてもなく。
私は今までに和臣は他の人と付き合っていたと思っていた。

だって全てにおいて慣れているから。

キスも、抱きしめることも。
こうして手を繋いで来ることも、優しく頭を撫でてくれることも。


「マジで好きだって思ったの、密葉だけだったから」

「私だけ·····?」

「うん、これからも密葉だけ」


これからも·····。


「·····いると思ってた、前に付き合ってた人·····」

「いねぇよ、断言出来るわ」

「····和臣·····」

「密葉が俺を嫌っても、絶対手放さないって決めてるから」

「うん·····」

「だから、密葉も俺を信じろよ。何があっても、絶対。俺はずっと密葉の味方だし、いつも密葉の事を思ってるから」


私の事をこんなにも思ってくれる人は、家族以外で和臣しかいないんじゃないだろうか。

一途すぎる和臣。



こんな事、数ヶ月前までは考えたことなかった。ずっと侑李の事を考えていた私は、ずっと侑李の為に時間を使っていた。

遊びにも行かず、部活も入らず、彼氏も作らず。

苦しんでいる侑李がいるのに、私ばかり楽しむわけにはいかなかった。

楽しむことを覚えたら、侑李の事が疎になってしまうと分かっていたから。

もっとこうしたいって、欲が出てしまうから。


私の世界は、侑李で埋め尽くされていた。


それが間違いだと分かっていたのに、気付かないふりをしていて。


壊れてしまった私を助けてくれたのは、私の事をずっと、これからも大事に思ってくれてる男·····。



「泣かなくていいだろ? 」


これが夢なら、何度も覚めないでと願った。

それぐらい、和臣が好きで。


あの日、初めて会った雨の日、和臣に傘を差し出して本当に良かったと思った。


和臣が私の両親に会って数日、もう本格的に寒くなってきて、外ではあ·····と息をはけば白くなるぐらいだった。


もうすぐクリスマスが近づく。
侑李に贈るクリスマスプレゼントは用意していたけど、まだ和臣に贈るものは決められなくて。

私がいればいいって言われても、やっぱり、プレゼントは渡したくて。


「お兄ちゃん·····、男の人って何をプレゼントすれば喜ぶの?」


夜ご飯を食べている最中、兄に聞けば、「男の人って、要するにフジの事だろ? フジに聞けばいいじゃねぇか」と、最もな事を言ってくるけど。


「聞いてもいらないって·····」

「ふーーん·····」

「お兄ちゃんなら、何が嬉しい?」

「ゲームとかだな俺なら」

「和臣って、ゲームとかするのかな」

「さあ、知らね。それに俺の場合は、だからな。フジなら·····、身につくものとかがいいんじゃねぇの?」


身につくもの?


「つーか、密葉から貰うものなら、何でもいいんじゃねぇの?ケーキとか焼けば? 俺はブラウニーがいいけど。·····ごっそーさん」



兄にアドバイスを貰い、身につくもので考えついたのは、ひとつしか無かった。





12月24日、侑李は「サンタさん来たんだよ」と、喜んでいた。
毎年この病院では、小児科の先生が、子供たちにプレゼントを贈ることが恒例になっていて。


私からは、1人でも2人でも出来る、侑李の年齢に合わせた家庭用のゲーム。「一緒にしようね」と言ったら、侑李は大喜びだった。

他にも最近侑李がハマっているアニメのぬいぐるみをプレゼントしたら、侑李はすぐに枕元に飾っていた。




その日の夜は兄と過ごした。
翌朝、起きれば、枕元に可愛くラッピングされたプレゼント袋が置いてあり。

中を見れば、茶色いくてピンクの花柄の、手袋が入っていた。

置けるのは兄にしかいなく、手袋をみて笑った。


兄の部屋に行き、眠っている兄にお礼を言えば、「ブラウニーのお返し」と眠そうに言っていたけど。


昨日の夜にブラウニーを食べたから、時間的にもその後に買う暇もなく。時前に用意されていたのだとすぐに分かった。


学校はもう冬休みに入っためなくて、この日の午前中は和臣と約束していた。



「いらっしゃい密葉ちゃん」

和臣のお母さんは、笑顔で迎えてくれた。


「お邪魔します·····」

「ゆっくりしていってね」

「はい、ありがとうございます」


リビングに入っていくお母さんを見て不思議に思った。今日は何も聞いてこないのかなあと。

この前初めて来た時は、和臣が止めるまでずっと会話をしていたのに。


和臣は私の手を引き、自室へと続く階段をのぼる。


「リビングに行かなくていいの?お母さん·····」

「いいよ。今日は邪魔すんなっつったから。言わねぇとずっと密葉を取られる」

「そうだったの」


和臣の部屋も、あまり前と変わらなかった。
変わったといえば、布団の上にいるの·····


「ココは?」

「ココにも邪魔すんなっつった」


猫にも?

和臣が移動させたと思えば、おかしくて。

和臣はピピ·····と暖房のスイッチをいれ、上着を脱いだ。私もコートと手袋脱ぎ、コートとカバンを床に置いた。


「密葉。おいで」

ベットを背もたれのようにして座っている和臣に呼ばれ、言う通りに近づく。
横に座れば、和臣は嬉しそうに引き寄せた。


「寒くねぇ?」

「うん、大丈夫」


和臣は包み込むように、抱きしめてきて。


「ごめんな昨日、密葉の家に行けなくて」

「いいよ、お兄ちゃんから聞いたよ?クリスマスは暴走があるって」


和臣が入っている暴走族には、クリスマスに暴走があるって言っていたから。
それに、何度も何度も、その事については謝ってくれた和臣。


「うん、でも、プレゼントは昨日渡したかったなって」

「·····私に?」

「密葉以外に誰に渡すんだよ」


和臣は笑い、ふと和臣の体が前かがみに動いた。何かを取ろうとしている動作をしているのだと、動きで分かり。


「密葉、なんもいらねぇって言ってたけど」


物が取れたのか、ゆっくり私の体を離した。


「受け取ってくれると、嬉しいんだけど」


小さな紙の袋。
その紙袋には、私でも知っている程の有名なブランドの名前が刻まれていて。


「·····和臣·····」

「密葉を思って選んだから」


家族以外で、プレゼントを貰うのは初めてだった。涙脆い私は、受け取るだけでも涙が出そうになった。



「開けていい?」

「うん、できれば気に入って欲しい」


気に入るに決まっているのに。
小さな紙袋には、小さな箱が入っていて。
その箱にも、ブランドの名前が入っており。

箱を開ければ、花をモチーフにした、ネックレスが入っていた。
ピンクゴールドの細いチェーン、それに合う小さな花には、ピンクの石がひとつ埋められていて。



「かわいい··········」

呟いたのは、本心だった。

「密葉」

「ありがとう·····、凄く嬉しい·····、ありがとう、本当に、ありがとう·····」

「つける?」

「いいの·····?でも、つけるの勿体ないよ·····、無くしちゃったらどうしよう·····」

「無くしたら、俺の願いひとつ叶えてもらうわ」


穏やかに笑う和臣は、私の手から箱を取り、そこからネックレスを取り出すと、私の首に手を回した。

ネックレスがつけられ、嬉し泣きする私をそのまま抱きしめる和臣。


「泣くなよ·····、これからもっとたくさん、誕生日も、来年のクリスマスも渡す予定なんだから」

「········っ·····」

「だから、俺とずっと一緒にいろよ?」

「うん··········っ·····」



和臣の顔が近づく。
和臣は何度も私にキスをしてくれた。
本当に愛おしそうに頬へキスしたり、甘いキスをしたり。


「··········和臣·····」


再び抱きしめる和臣の名前を耳元で呟いた。


「ん·····?」

「私もプレゼント持ってきてるの·····」

「·····いらねぇって言っただろ?」


甘い声を出しながら、「マジで密葉がいれば·····それでいいよ··········」と、

「どうしようもねぇな·····」と、自分自身に呆れている様子だった。


和臣を思って買ったプレゼントなのだから、和臣に受け取って貰えなくては困るから。


そう言った私に、和臣は受け取ってくれた。
受け取った瞬間の和臣は、とても嬉しそうで。


身につくもの·····、考えて思いついたのは、いつも和臣がついていたシルバーの輪っかのピアスだった。

けれども、黒が似合う和臣。

だから、ピアスも黒が似合うと思ったから。



「ありがとう·····マジで大事にする·····」


小さい黒石のピアスのセットと、黒色がメインだけど、うすく模様がはいっている輪っかピアスのセット。


「どっちつけるか迷うな·····、どっちがいいと思う?」


石か、輪っかか·····。


「和臣、ずっと輪っかだったから、そのデザイン好きなのかと思って。でも、シンプルな石も似合うだろうなって思ったから·····、どっちも似合うと思うよ?」

「じゃあ、石にする」

「うん」

「·····なんか、勿体なくてつけられねぇ」


私と同じ事を言う和臣にクスクスと笑った。