------何かが違う。



 部屋のドアを開けた瞬間、そう感じた僕の足は
竦んで止まった。

 違和感の理由は、すぐにわかった。

 僕は部屋に足を踏み入れ、弓月の眠るベッドの
横に立った。

 弓月は眠っている。
 その寝顔は、数時間前と何も変わらない。

 なのに、フラワーベースに飾られていたはずの
リンドウが落ちている。

 散らばるように、ベッドの枕元に。
 そして、僕の足元に。

 僕は耳の奥で鼓動が早まるのを感じながら、
足元に落ちているリンドウを拾った。
 茎が濡れている。
 まだ、この場所に花が落ちてから、そう、
時間が経っていないということだ。

 僕は弓月の顔をじっと見つめ、唾を呑んだ。

 この部屋には、弓月しかいない。
 もし、何者かがこの部屋に侵入したのだとし
たら、1階にいた僕たちが気付かないはずがな
かった。

 弓月が目を覚ました。
 僕が下にいる間に。

 どくりと、心臓が胸を叩いた。
 父親を呼んで来よう。
 そう思い至って、立ち上がった時だった。
 視界の隅で、何かが動いた。
 はっとしてそちらを向く。

 部屋に入った時は気付かなかったが、ベッド
横の机に、開かれた分厚い日記と、数本の鉛筆
が転がっている。

 僕は恐る恐る机に歩み寄った。
 視界の隅で動いたのは、日記の上に載せられて
いた鉛筆のようだった。けれど、そのどちらも、
僕が弓月の部屋を出ていく前には、なかったも
のだ。僕は日記を手に取り、ページをめくった。

 そこには、達筆とも呼べる文字が、びっしりと
綴られていた。

 「弓月……じゃない」

 僕は日記の文字を、指でなぞった。
 綴られた文字は、あの日、病院で見た弓月のも
のとも、少し癖のあるゆづるのものとも違う。

 鉛筆で書かれたそれは、まるで硬筆のお手本の
ような、力強い、男性の字のようだった。

 僕は、冷たくなってゆく指先でページをめく
り、その筆跡の持ち主が書いたであろう、日記を
読み始めた。