走り去る馬車を見送ると、途端に寂しさと不安が胸の中で渦巻いていく。
 いてくれるはずの人がいない、いてほしいはずの人がいない。
 こんなにも胸騒ぎがするなんて、どうしてしまったのだろうか。

 出掛ける際のカークス様が、いつもと違っていた。
 私の知る限り、仕事用、遊び用、普段着用、夜会用、登城用……と場面によって着る服のスタイルは変わる。 なのに、そのどれにも当てはまらなかった。
 カークス様にはお気に入りの服が幾つかある。
 生地の色合いや風合い、仕立て、デザインによっても好みがあるだろうし、気分もあるのかもしれない。

 ただ、私は初めて見たのだ。
 デザインはシンプルなのに地味でも派手でもない、かといって堅苦しくもない。  
 こんな服を持っていたなんて知らなかった。

 まるで、お気に入りはいざという時しか着たくないというような意思を感じたのだ。
 まるで、誰にも渡したくない秘密を抱えているような……。

 私にも見せた事のない、顔付きをして。
 馬車に乗り込む時も決戦にでも行くのかと思うほど。 そうなのだ。 私は気付いてしまったらしい。
 彼の心が既に、ここにはなかったのだと。

 それでも、いい。
 それでもいいからどうか、無事に戻って来て。

 いつもの愛の込もっていない目で、私を愛して。