「開けますよ」

すぐ聞こえたその声に、ビクリとする。

私の夫となった人は、どうやら部屋に入ってすぐのところに座り込んだらしい。

襖を閉める音が聞こえる。

「そのままで結構」

晋太郎さんは布団をかぶったままの私に向かって、ゆっくりと話し始めた。

「着物はここに置いておきます。場所は後で、母にでも尋ねてください」

どう返事をしようかと悩んでいる間に、その人は深く長いため息をついた。

「……。母は、気難しいところはありますが、悪い人間ではありませんので、仲良くするようにしてください。私のことは構う必要はないので、何でもあなたのお好きになさい」

もしかして気を使われてる? 

布団の中から頭だけを出したら、うっかり目が合って、お互いに真っ赤になった。

「ではこれにて」

その人は立ち上がり、すぐ部屋を出て行ってしまった。

運んできてくれたのは、確かに私の小袖だ。

十も歳の離れた人だ。

まだ十四の私のことなんて、ずいぶん幼く見えるだろう。

嫁入りのために仕立ててもらったばかりの、お気に入りだったはずの小袖に袖を通す。

こんなはずじゃなかったのにと思うことばかりで、気分はすっかり重くなってしまった。

私はちゃんと、あの人に嫁として気に入ってもらえるのかな……。

とぼとぼと廊下を歩く。

今度はしっかりと挨拶をしてから、障子を開けた。

「あら志乃さん、昨日はよく眠れました?」

先ほどとは打って変わった、予想外のお義母さまの明るい声に、また混乱する。

叱られはしなくとも、注意か嫌みくらいはあると思っていたのに……。

寝坊しておいてそんなふうに聞かれると、どう返事をしていいのかが、また分からない。

「は、はい……」

義母は急に顔を赤らめ、コホンと咳払いをした。

「で、コトは首尾よくすませましたか?」

コト? コトとはなんだろう。

私はまた首をかしげた。

まだここに来てから一日も経っていないし、やったことといえば、食べて寝て起きたくらいだ。

「えぇ、はい……」

なんだかよく分からないけど、とりあえずそう答えておく。

「そ、ならいいわ。早く食事をなさい」

ぱっと背を向けた義母は、自らご飯をよそってくれた。

とりあえずほっとする。

「あまり無理をすることはありませんからね。そう緊張することもないわ。これから、よろしくお願いします」

丁寧に頭を下げた義母に、慌てて私も頭を下げた。

「こちらこそ! よ、よろしくお願いします」

こうして、私の新婚生活は始まった。