小雪舞う肌寒い夜、私は生まれて初めての輿に乗っていた。

お供は子宝と安産を願う雌雄の犬張子。

不安と緊張に、帯の守刀をぎゅっと握りしめる。

花嫁行列は高い白壁の続く静かな道を、ゆっくりと進んでゆく。

ふいに動きが止まった。

餅をつく音だけがここまで聞こえてくる。

貝渡しの儀式が終わった合図に、再び動き始めた。

式台へと進んだ輿はガタリと揺れ、ゆっくりと下ろされる。

御簾が巻き上げられると、私はそこから一歩を踏み出す。

あちこちに焚かれた松明からの火の粉が、白無垢の打ち掛けに散って焦がしてしまわないかと気を揉む。

付添人の待上臈の案内で手を引かれ座敷に上がると、休む間もなく祝言の間へと通された。

緊張で動かぬ足を気遣いながら、長い打ち掛けの裾を引きずり、のろのろと上座へ進む。

用意された席に腰を下ろすと、ようやくほっと一息をついた。

隣の新郎の席は、まだ空いたままだ。

待上臈はコホンと一つ咳払いをする。

「このたびはご結婚おめでとうございます」

そう言われ、私は頭を下げた。

いよいよ新郎の登場だ。

ついに今夜、この坂本家に嫁いで来た。

緊張で口の端も手も足も、驚くほどぎこちない。

「では先に、三三九度を交わしましょう」

祝言の作法は、家によって様々だ。

言われるがままに、盃を手に取る。

酒を注がれ、体にたたき込んだ所作通りに飲み干した。

鳴り止まぬ胸の鼓動を抑えつつ、それを膳に置く。

長い長い祝詞が続き、やがてそれも終わりを迎えた。

待上臈は目を閉じ、ツンと上を向いている。

いよいよ新郎の登場だ。

スッと襖の開く音が聞こえた。

視線をわずかに下に下ろし、じっと待っている。

初めて正式に顔を合わす相手だ。

輿入れの前に相手の顔を知るのは、無礼で恥じとされている。

私のことを、どんなふうに思うだろう。

どんなふうに思われるのだろう。

自分だって相手のことをよく知らない。

新郎の顔を盗み見るのははしたないと知りつつも、どうしても目が追ってしまう。