ここ最近、俺にしては機嫌が悪かった。

親父が総帥を務める財閥のグループ企業に入社して五年。
社長の息子ってだけで役職を付けられるのが嫌で、俺は海外に逃げていた。
入社以来アメリカに三年と、ヨーロッパを転々としていた時期があって、日本の本社には一度も勤務したことがない。
そもそも日本には兄さんもいるし、優秀な親戚たちだってそろっているから俺なんか必要ないだろうと、海外を拠点にこのまま仕事をさせてもらえるものと思っていた。
もちろん、それなりの実績も残してきたつもりだ。
大体、シンガポールの事業だってやっと軌道に乗りかけたところ。
後二、三年で結果が出て、会社の安定した利益を生みそうな国際貿易なのに。
せめてその結果までは見届けたかった。
それを、一か月後に帰国しろなんて横暴だ。

俺だって、納得できないと文句を言った。
仕事にかこつけて本社からの通達を無視してみようともした。
でも親父の方が上手で、しびれを切らした親父は強硬手段に出て俺の住んでいたマンションを勝手に引き払ったのだ。
きっとこれ以上抵抗すれば、俺を今の仕事から外すこともやりかねない。そうなれば引き継ぎもできないまま今の仕事がとん挫する。それだけは避けたい。