「しかし、ひとつだけ変わらないことはございますよ」
 不意に話題が別のほうへ行った。グレイスは不思議に思ってしまう。
 この話題、恋がどうとかいう話が続いてももう話せることはなかったので幸いだったけれど。
 フレンのほうを見た。フレンは何故か、微笑を浮かべている。
 そっと近付いてきて、グレイスの座るソファの前。腰を落とした。グレイスに靴の用意をしてくれるとか、そういうときのように、だ。
 ホットチョコレートのカップをテーブルに戻していたところであったのは、ちょうど良かったようだ。何故なら、膝をついたフレンはグレイスに手を伸ばしてきたのだから。
 グレイスの手にフレンの白手袋の手が触れる。
 たったそれだけで、そんなこと、もう十年近くもしてきているのに、今ではそうされただけで胸が高鳴ってしまうのに。ここしばらくはエスコートされるときくらいしかそうされないというのに、一体、どうして、今。
 思って顔が熱くなるやら戸惑うやらのグレイスだったけれど、フレンはグレイスの手を持ち上げた。自分の手の上に乗せる。
 それだけで、手袋越しにも体温が伝わってきて、グレイスの胸をどきどきさせていたのに、そのあとのことは心臓が止まるかと思うようなことだった。
 フレンは自分の手と、乗せたグレイスの手を引き寄せて、おまけに顔を伏せて。そっとくちびるをつけてきたのだから。
 やわらかなくちびるが、一瞬だけグレイスの手に触れる。やわらかくて、あたたかくて、ひとの肌の感触。
 グレイスは本気で心臓が止まるのではないかと思ってしまう。目も丸くなっただろう。息も止まりそうになった。
 手の甲へのくちづけを落としておいて、フレンは顔をあげる。グレイスの手を取ったまま。
「わたくしは、いつでもお嬢様のお傍に」
 小さな、しかし確かな声音で言われたこと。翠の瞳は優しくも、真剣な色を帯びていた。