「風雅、ちょっと待って!」

私は坂道をぐんぐん歩いて行ってしまう風雅の背中に呼びかけた。背の高い夫は振り向いて手を振る。

「希帆ったら体力無いなあ。俺より一ヶ月年上なだけなのに」

私は四月生まれ、風雅は五月生まれなんだけど、そんな些細な年の差で年より扱いするんじゃないわよ。
私は負けじとぐんぐん歩く。坂と階段の多いこの町は観光客が多い。

九份は台湾屈指の観光地。元は金鉱があった町が一度寂れ、映画の舞台になったことで活気づいたという経緯がある。
映画の舞台としては確かに素敵だ。ごちゃごちゃとしたレトロな建物、狭い路地と石の階段、赤い提灯がそこかしこにつるされ、並ぶ飲食店や土産物屋は賑やかだ。

実はこの有名観光地、高校時代に両親と旅行で訪れただけで、台湾に住んでいる十年は一度も訪れたことがなかったのだ。
観光地で結構混み合っているし、近くにあると案外行かないものなのよね。

今回の台湾行き、休みを取ってついてきた風雅のため、私はこの土地を訪れている。
季節は秋、台湾は強い日差しが緩み、一番観光に良い時期がやってきている。風雅とふたりで一週間ほど仕事と観光をして帰国する予定。
結婚式もしていない私たちにとって、プチ新婚旅行みたいなものにするつもりだ。

「おー、綺麗だよ」

先に見晴らしのいいポイントまで出た風雅が感嘆の声をあげる。追いついて、私も見下ろす。
九份の町と広い空、遠くに海まで見える。この町は雨が多いことでも有名なので、こんなに綺麗に晴れたところを見られるのはラッキーだ。

「綺麗ね」
「うん、それに嬉しいな」
「何が?」

見上げると、風雅が私を見つめていた。優しい優しい甘ったるい視線。

「希帆とふたりで遠くに来てる」
「まあ、そうだけど」