雨音は、真夜中に途絶えた。
今日はかなりの晴天らしい。
カーテンの隙間から入った強い日差しが、帯のように部屋を横切っている。

眠りが浅いのも、早々に目覚めてしまうのもいつものことなので、スマホのアラームを切った。
このアラームがどんな音なのか、私は聞いたことがない。

窓を開けると、ベランダにはまだ水がたまっていた。
太陽に照らされて、むわりと熱い湿気が立ち上る。
たったそれだけで体力が半分削られた気がして、すぐにエアコンをつけた。

かんたんにシャワーを浴び、着替えとメイクを済ませる。
歯磨きをしながら情報番組を観ていて、途中で慌ててスイッチを消した。

ああ、ダメダメ。間違えた。

たった十五分早く家を出ることが、これほどまでに苦痛なのは、身体に染みついた感覚をまるごと変えなければならないからだろう。
時間を確認するたび、つい身体がいつもの癖でのんびりしようとする。
頭の中で時計を十五分進めて、意図的に自分を急かさないと間に合わない。

バッグを引っ付かんで、鍵をかけるのももどかしく家を出た。
アスファルトはすっかり乾いている。
昨日の分までまとめて降るように、日差しが強い。
日傘を持って来なかったことを早くも後悔したけれど、戻る時間はすでになかった。
咲いている紫陽花を横目に見た時、ひとつ前の信号にバスの姿が見えたので、最後の50mは走る。
ついさっきシャワーを浴びたばかりなのに、全身が汗でしっとりと濡れた。

一本早めただけなのに、いつものバスよりずっと混んでいた。
車内は人いきれで暑く、ヘアスプレーや洗濯糊の匂いもする。
すぐ近くに立つ学生のイヤホンから、わずかにベース音が漏れていた。

窓の外側でも、街が一斉に動き出していた。
シャッターの開き切っていないビルに、次々人が入っていく。
書店の前では、大きなトラックからどんどん荷物が運び出されている。
そんな様子を、見知らぬ人の体温を感じながら二十分眺めた。

バスは混み合う駅前は通らず、山側の団地を回って、裏側から駅に着いた。
反対側に抜けるため構内に入ると、日陰はひんやりと静かだった。
ベタついた肌を心地よい風が抜ける。

「紀藤さん、おはようございます。早いですね」

エスカレーターを降りたところで声をかけられた。
寺島先生がこちらへ向かって小走りでやってくる。

「おはようございます」

「日陰は涼しいですね」

襟元に風を送りながら、先生は笑った。
先生は指摘しないけれど、バスを一本早めたのは昨日の遅刻のせいなので、私は萎れたシロツメクサみたいに力なく笑い返した。