純也に転勤の話があったのは、付き合って六年目の梅雨の頃だった。

「……何年くらい?」

胃の奥がぎゅうっと痛んだ。
涙は堪えたものの立っていられず、湿気でベタついたフローリングにペタリと座る。

「最低一年かな。そのあとこっちに帰ってこられるかどうかわからないけど」

車で五時間、新幹線だと三時間。
もう二度と会えない距離じゃないけれど、こうして日常的に会うことは難しい。

「会いに来るよ。唯衣も休みのとき来てくれるとうれしい」

純也に別れるつもりがないことはうれしかった。
けれど、私は離れることが寂しくて不安なのに、純也はそう感じていないようだった。
そんなことより中華麺の茹で具合の方が問題で、やっぱり製麺機買おうかなぁ、とつぶやく。

窓から見える黒い雲は窒息しそうなほど重く、風はそよとも吹いていない。
ベランダに出している山椒も、細やかな葉の一枚さえ動いていなかった。

六年もそばにいれば、いやでもわかる。
純也の世界は、純也だけで完結していた。

たとえば、子どもができたらどうしよう? と言ったら、んーそうだねぇ、と生返事で、手作りの鶏ハムをそぎ切りにすることに集中する。
純也が旦那さんだったらお料理の仕方忘れちゃいそう、と言えば、あははと笑って話題を変える。
そういう未来は、まるでつまらない映画の予告のように、純也の興味を引かなかった。
変わらずやさしいけれど、どうしようもないほど取り付く島もない。

あのときも純也は、ふたりの未来については何も触れず、ひとりで荷物をまとめて、ひとりで引っ越して行った。