眠れない。

このビジネスホテルの天井は、白くて少しざらついている。
スプーンですくったあとのバニラアイスみたい。
私は、そのミルク色の表面を、大きなアイスクリームスプーンですくい取る幻をみる。

凍えるほど寒い三月の夜に、部屋の中は汗ばむほどに暑い。
バサバサした肌触りの掛け布団から両腕を出した。
バニラアイスは、いつまでも私を冷ややかに見下ろしている。

眠れない。

汚れた下着が気持ち悪いから。
皺の寄ったシーツが気になるから。
ホテルのシャンプーで洗った髪がきしきしするから。
うまくいかないことの理由は、探せば限りなくあるものだ。

隣の男はすやすやと寝入っていて、ときどき軽いいびきも聞こえる。
このひとが年上なのか、同い年なのか、年下なのか、私は知らない。
名字は知っているけれど、名前は忘れてしまった。
「た」がついたような気がする。
仕事では必要な会話だけして、たまに誘われればこうして会うだけなのだから、思い出せなくても問題ない。

眠れない。

一日働いて、男に二度抱かれても、わずかなうたた寝のあとに目覚めてしまう。
これが自分の部屋なら、さっさと諦めて、セリフを暗唱できるほど観た古いDVDを、もう一度観るところなのに。

このホテルが面している通りはそこそこ大きくて、一晩中車通りがある。
カーテンの向こうはどことなく騒がしい。
今も救急車が走り抜けて行った。