子猫たちの飼い主は、早々見つかることもなく数日がすぎた。
 世話は、猫が苦手な泉田先生以外のみんなでしている。

 午前の診察が終わって、ようやく昼休み。今日はオペがないから、ゆっくり昼休憩できそう。

 食事を終えたケアステでは、泉田先生と海知先生と美丘さんが、オーナー役で電話応対のシミュレーションをしてくれることになった。

「“わかりません”は絶対に言ってはいけない言葉。オーナーは、一刻を争うような切羽詰まった状況で不安な気持ちなの。頼れるのは、私たちだけなのよ」

 釘をさすような美丘さんの言葉からは、しっかりと責任感を持てって、メッセージが伝わった。

「もしわからなかったら、わかりませんとは言わずに、すぐに院長や海知先生や泉田先生に代わって」
「はい」

「あと、最も大切なことを教えておくわね。安心させるために、“助かります”は決して言ってはダメよ。ただ私たちが言えるのは、“一生懸命看護させていただきます”この言葉だけよ」

 無責任な発言だと、私でも理解できた。

「忘れないで、わかったわね?」
「はい」
 万が一、どんなことが起こるかわからない、百パーセント生還するとは言えない。

「オーナーからのわからなかった質問は、そのまま放置するなよ」
「はい」

「俺たちの電話応対をメモするなり、再度聞くなりして、星川のものにするんだ。そうすることで効率がよくなる」

 メモだメモ、覚えることがたくさんある。

「いいか、とにかくメモだ。いくらでもスペースがあるから、その辺に貼ってもいい」

 海知先生が両手を広げ、ケアステの(すみ)から(すみ)まで指し示す。

「常に目に入れておけよ」
「ありがとうございます」
 海知先生が微笑んで頷いてくれると、安心する。

「聞いて」
 私の顔からは微笑みが消え、頬が引き締まる。
 噛み含めるように声をかけてきた、美丘さんの次の言葉に集中する。
 
「“だと思います”とか“らしいです”とか、こういう曖昧な言葉は、私たち動物看護師は使ったらダメよ」

「断定してもらえないと不安ですよね」

「それもだし、私たち動物看護師が使うと、オーナーからは無責任に突き放されたって、不信感をもたれるだけなのよ」 

 美丘さんの言葉を聞いた院長が、同意のしるしみたいに頷く。

「逆にね、獣医師は断定できない場合は、正直に“確定はできません”とか、“可能性があります”とか曖昧な言葉を使っていいのよ。それが逆に、誠実に思われて信頼を得る」

 獣医師と動物看護師だと、オーナーからの捉えられ方が真逆なんだ。

「始めるぞ」
 病気の説明からクレームから、本気で練習に付き合ってくれる。

 オーナーに成りきり、熱のこもった演技をする美丘さんと海知先生に、中断しては注意をされるのくりかえし。

 海知先生が、なにか言いたげに泉田先生に視線を向けた。